『未来は音楽が連れてくる』〜日本が気づかないソーシャルミュージックの大席巻

連載第44回 定額制ストリーミングはなぜ失敗したのか〜Napsterの物語(下)



▲大学生だったショーン・ファニングはレッド・ツェッペリンをヘビーローテしてNapsterのプログラムを書き上げた。高校生だったダニエル・エクは、ツェッペリンをNapsterでダウンロードしてNapsterとツェッペリンの大ファンとなった。エクは自分なりの『合法Napster』を開発。それがSpotifyだった。


救世主? ベテルスマンの登場

歯医者で手術を受けてきたゼルニック(43)は、今日ばかりは5大メジャーの一角BMGを率いる責務から開放されて、休むつもりだった。彼は、フィットネスで鍛え上げた体躯を自宅のソファに横たえ、眠ろうとした。だが、そうもいかないようだった。しつこくブラックベリーが振動した。残った麻酔で朦朧とする中、電話に出ると、ドイツにある親会社ベテルスマンの幹部だった。

「BMGには、Napsterの著作権侵害訴訟を取り下げてもらいます」
「...えっ?」
「ベテルスマンはNapsterとパートナーシップを結ぶことになりました。発表は明日です(※)」

(※ Joseph Menn "All the rave" chapter 11)

一瞬、現実を疑った。ありえない。そもそも何の相談も受けてない。電話の終わりしな、とにかくベテルスマンのミデルホフCEOと会って話すことを認めてもらった。

「危険だ。考え直して下さい。ベテルスマン・グループのすべての知財を失うリスクすらあります。それでも、どうしてもNapsterがほしかったら、奴らが倒産してから手に入れれば安いじゃないですか。年明けに控訴審の判決です。終わればNaspterはすぐ潰れます」
「Napsterが敗訴するのは確実だろうな。だが、君は大事な点を見落としている」
「といいますと?」
「Napsterが消えたら、3000万人の会員も離散する。私は彼らをベテルスマンの顧客にしたい。P2Pの利用者数は億単位で増えることになるだろう」

ミデルホフの言葉は確信に満ちていた。

1994年に入社してマルチメディア部門の長に着くと、まだ小さな会社だったAOLに目をつけ、5000万ドルを投資。AOLは世界一のコミュニティ・メディアとなり、ミデルホフは、わずか数年で10億ドル(約1000億円)の上場益を会社にもたらした。そしてインターネット時代の到来に揺れるメディア・コングロマリットの頂点へ一気に駆け上がった。

「Napsterユーザーは顧客ではありません」ゼルニックは喰い下がった。
「というと?」
「ほとんどが学生ですよ。金なんて持ってません。仮にクレカの保有者を5分の1としましょう。600万人です。そのうち有料会員になるのが2%としたら、たった12万人じゃないですか。おっしゃるような定額制を始めても、売上は年間7200万ドル程度。この投資は割に合わない」
「逆に言えば、大した投資ではない、ということだ」

ベテルスマン・グループは利益ベースで16億ドル(約1600億円)を1年に稼いでいる。Napsterへの投資額は、まず1500万ドル(約15億円)を予定していた。大した額ではない。

「Napsterのオーナーになれば、著作権侵害の莫大な賠償金をすべて引き受けることになりかねません」
「そこは抜かり無いよ」

ミデルホフは、コンサルティング・ファームに作らせた「サンダーボール作戦」(007にそんな映画がある)をかいつまんで説明した。出資するのではなく、条件付きの融資にすればいい。Napsterの株券に転換できるワラントにしておくのだ。そうすればオーナーの責任は避けられる。

何らかの理由で株に転換出来ずとも、Napsterを所有するべき時期がきたら倒産させればいい。そうすればベテルスマンは最大の債権者として、Napsterの技術や商標権を差し押えることができる。結果、株主にならずともNapsterはベテルスマンのものだ。

融資で資金を得たショーン・ファニングが合法版Napsterを開発する間に、他のメジャーレーベルと話をつける。一時はヴィヴェンディ・ユニバーサルのブロンフマン、Sonyの出井伸之、そしてミデルホフとでNapsterを接収する話がまとまりかけたのだ(連載第43回)。

あの時はNapsterのバリーCEOが、AOLを引き合いに出して話を壊した。だが自分がイニシアチブを取れば問題ない。

AOLの創業者スティーヴ・ケイスとミデルホフは親友だ。いつもAOLメッセンジャーで情報交換している。ヴィヴェンディのブロンフマンは退任が決まっている。次のトップは同じチャット仲間のジャン=マリー・メシエだ。BMGを擁するベテルスマン、ワーナー・ミュージックを擁するAOL、ユニバーサル・ミュージックを擁するヴィヴェンディ。三社のトップは仲がよかった(※)。

(※ John Alderman "Sonic Boom" Chapter 11 )

「少なくともユニバーサル・ミュージック、ワーナー・ミュージックのCEOから了承を得なくては。カタログが揃わなかったら、有料会員など夢物語になります。自分が掛けあってみます。とにかく2週間ください」

ゼルニックは、何とかベテルスマンとNapsterの提携を引き延ばそうとした。親会社がどうであれ、メジャーレーベルのCEOたちがこの提携を受け入れるはずがない。全レーベルの新譜・旧譜が揃わなければサブスクリプション・モデルなど、空に描いた雲の城だ。それが分かれば諦めてくれるかもしれない...。

2001年10月31日。ハロウィーンで彩られたマンハッタン。

アールデコ調のエセックスハウス・ホテルでは、珍しくスーツを纏ったショーン・ファ ニングと、ミデルホフとがフラッシュライトを浴びていた。Napsterとベテルスマンの電撃的なパートナーシップが発表され、このニュースは世界中を駆け巡った。

「われわれは有料会員制のビジネスモデルを推進します。そのために、Napsterに開発費を融資しました(※)」

テレビカメラを前にベテルスマンの担当役員は、違法ダウンロードからサブスクリプションへ向かう未来を宣言した。傍らにいたP2P技術の発明者ショーン・ファニング(20)は安堵に包まれていた。

(※ Alex Winters "Downloaded" 01:15 - 01:25)

去年のハロウィーンには40万人だったNapsterのユーザー数はこの日、4000万人に達していた。だがNapster社の内情はガタガタだった。違法ダウンロードの上にビジネスモデルを築くことを避けていたため、売上は一切無く、運転資金が出て行くばかりだった。再び資金ショートまでわずかとなっていた。

Napsterは連邦議会を巻き込む社会現象になっていたが、訴訟リスクを恐れてどこも出資しようとしなかった。RIAA(米レコ協)との裁判も辛うじて控訴にもちこんだが、劣勢は明らかだった。

NapsterのバリーCEOは楽曲ダウンロード販売(ア・ラ・カルト型)のパイオニア、Liquid Audioのところにまで頭を下げに行った。かつて顧問弁護士をやっていた縁だった。もちろん出資は断られた。Napsterのせいで壊滅したア・ラ・カルト型の楽曲ダウンロード販売は、時代遅れのレッテルを貼られてしまったのだ。

絶体絶命となったNapsterを、ミデルホフが鶴の一声で救った。

ファニングにとっても、アメリカの学生たちにとってもベテルスマンは、Napster革命の救世主に見えていた。

提携発表から一週間後。ベテルスマンはBMGのゼルニックCEOを解雇した。

業績不振の責任を取って、と説明があったが、BMGはゼルニック時代にアメリカでのシェアを13.4%から19.4%に上げていた。IT企業とコンテンツ産業が繰り広げる全面戦争の犠牲者。New York誌はゼルニックをそう評した(※)。

(※ http://nymag.com/nymetro/news/bizfinance/biz/features/4089/ )


コンテンツのタレント、サービスのタレント

「提携の2週間前、業界の仲間と議論しました」
ミデルホフはインタビューに答えた。例の3人組でチャットしたのかもしれない。
「この勢いでファイル共有が普及すれば近い将来、コンテンツは価値を失う。みな、そう言っていました(※)」

(※ John Alderman "Sonic Boom" Chapter 8)

音楽産業だけでない。本、雑誌、映画、番組、ゲーム...。コンテンツ産業は、作品のコピーを売るビジネスモデルに依拠していた。クリエーターがマスターを作る。マスターを大量にコピーして、プロダクトを生産する。消費者に売る。

みっつのコントロールが、コンテンツ産業の寄って立つ土台だった。作品をコピーする権利を管理すること。コピーを生産する技術を管理すること。コピーの流通を管理することだ。

そしてインターネット時代が到来した。

PCがデジタル・コピーの技術を万人のものとし、インターネットがデジタル・ディストリビューションを万人のものとした。コンテンツ産業はみっつのコントロールのうち、ふたつの手綱を失った。

イノヴェーションは破壊的創造をもたらす。ーーシュンペーターはそう語った。19歳のショーン・ファニングが発明したP2P技術は、まず破壊をもたらしつつあった。

あとは何を創造するかだ。

「プロダクト・ベースの商取引(楽曲販売)に代わって、サブスクリプション・モデルが優位に立つことになるでしょう」

レコード産業の背後で思想的リーダーをつとめていたジム・グリフィンは、90年代半ばから、そう指針を出していた。スタジオで制作した音源のコピーが、レコード産業のプロダクトだ。デジタル・コピーをポリカーボネートに閉じ込めたCDが主力商品だった。

ネットが普及すればデジタル・コピーが氾濫する。ネットにはその仕組が内在している(連載第43回)。いずれレコード産業の寄って立つプロダクト・ベースのビジネスは通用しなくなる、というのがグリフィンの予測だった。

Napsterが登場し、EmusicやLiquid Audioのようなプロダクト・ベースの楽曲ダウンロード販売が総崩れになったことで、業界での彼の信望は一層高まっていった。

「いずれサービスが、プロダクトを凌駕する時代になります」

サービスとは音楽配信を指す。プロダクトとは楽曲を指す。グリフィンのこの言葉は象徴的だった(※)。破壊のその先にある創造について洞察した言葉だったからだ。

(※ John Alderman "Sonic Boom" Chapter 8)

音楽コンテンツを作る才能を専属契約と印税で取り込むこと。それがメジャーレーベルの本領だった。

今後は、音楽サービスの出来が音楽コンテンツの売上を決める時代になるという。サービスを作る才能が、コンテンツ産業を救うことになる。ポスト・ファイル共有の時代はそうなる...。

ベテルスマンのミデルホフは、ショーン・ファニングというタレントに投資した。1500万ドルからスタートしたベテルスマンの融資は、すぐに8500万ドル(約85億円)に達した。投資額が5000万ドルだったAOLよりも大きい。

最高のタレントを使って、最高の音楽サービスを開発する。それがミデルホフの出した現実的な解だった。同時にその解は、グローバル・メジャーのトップたちのおおまかなコンセンサスでもあった。

だからミデルホフは、他のメジャーレーベルが協力することは間違いないと踏んでいた。だが、それは大きな誤算だった。


ベテルスマンの誤算。メジャーレーベル陣営の大分裂

どのメジャーレーベルも、Napsterとベテルスマンの提携を歓迎しなかった。

「自分だけNapsterを所有し、我々にはNapsterに金を払えという。ミデルホフは産業全体のことを考えてなかった」

ユニバーサル・ミュージックのブロンフマンは、当時をこう評した(※)。3ヶ月前とは様相が違っていた。あの時は全メジャーレーベルでNapster社を共同統治しよう、という話だった。いっぽう今回、ベテルスマンは各レーベルに分配すべき株を取得していなかった。コンサルティング・ファームの策が裏目に出たのだ。

(※ Joseph Menn "All the rave" pp.266)

「ミデルホフはNapsterを合法の世界に導こうとしていました」

提携の前日に説明を受けたRIAAのローゼンCEO(当時)はこう振り返る。彼女は、ミデルホフの志を理解していた。

「同時に彼は、Napsterで大金を稼ごうとしていたと思います。だから、私にはすぐ分かりました。どのレーベルもNapsterに楽曲使用許諾を卸さないだろうとね(※)」

(※ Fortune Magazine 2013 Sep. 5th)

ミデルホフからすれば、分かっていないのはブロンフマンやローゼンたちだった。

「裁判に勝っても何も解決しない。そんなことを、彼らは理解してなかったのだ」とミデルホフは後に語った。

実際にはローゼンは理解していた。合法音楽配信の普及にこそ真の解決策がある。彼女がそう見ていたことはすでに触れた(連載第42回)。そのためには、NapsterとRIAAの和解さえ諦めてなかった。和解が成り立てばメジャーレーベル陣営がNapsterを合法の音楽配信へ導けるからだ。

根本的には、ミデルホフと一致していたのだ。

ベテルスマンからの融資が決まったのを機に、ローゼンはNapsterのバリーCEOへ手紙を書いた。資金の入った今、まずメタリカと和解すべきだと。これでNapsterとラーズたちの和解は成立した。

ミデルホフのインタビューには続きがある。

「他社は事態を把握してなかった。(...)グヌーテラ、カザー、ミュージックシティが驚異的な速度で成長していた。もうこの流れは止まらないのだ」

いや、把握はしていた。グローバル・メジャーのトップたちは定額制ストリーミングでコンセンサスが出来つつあった(連載第42回)。提唱者のグリフィンは、"feel free"が音楽サービス成功の鍵だと語っていた。聴き放題の自由こそ、フリー(無料)に唯一対抗できるサービス、という意味だ。

ブロンフマンが本当に恐れていたのは、メジャーレーベル間の競争意識を刺激することだったのだ。

頼みのAOLワーナーもミデルホフに味方しなくなった。

「AOLは自前で2500万人の有料会員をすでに持っていた」とAOLの役員だったロブ・ロードは説明した。ワーナー・ミュージックを擁するAOLの会員は、Napsterのユーザーベースより遥かに優良だった。

ロードは続けた。「ソニーは独自の構想に着手していた。ユニバーサルは血を求めていた(※)」と。

(※ John Alderman "Sonic Boom" Chapter 8)

ベテルスマン、AOLワーナー、ソニー、ユニバーサルそれぞれが自前のプラットフォームをやろうとしつつあった。そうなれば定額制ストリーミングのカタログは分裂し、聴きたい曲が欠けた合法配信は違法配信に対し競争力を失うだろう。

EMIも独自路線に向かいつつあった。かつてNapsterのコンサルタントを引き受けたコーエンの指導のもと、楽曲のア・ラ・カルト販売に活路を見出そうとしていた。

迫り来る外敵に対し、人間の集団は二種類の反応に走る。諍いをやめて団結するか、互いの愚を非難し合って内輪争いを繰り広げるかだ。

Napsterの猛威に直面したアメリカのレコード産業は、まずNapsterの合法化を中心にまとまろうとした(連載第43回)。だが結局ライバル意識に囚われて、プラットフォームの分裂、カタログの分裂のもたらす混沌へ向かいつつあった。

恐怖と怒りは裏合わせだが、どちらも人をまとめ切ることは無いのだろう。同じ力が内を破壊するからだ。


Napster閉鎖。止まらなぬファイル共有

2001年2月12日。冬のサンフランシスコ。

巡回控訴裁の裁判官たちは、全員一致で地裁を支持。Napsterはふたたび敗訴した。新たな争点も何も生まれなかった。このまま最高裁に行っても状況が変わらない。いよいよ退路を絶たれたNapsterとベテルスマンは、いちかばちかの賭けに出た。

1週間後。ミデルホフとバリーは、電撃発表に打って出た。

5年間で10億ドル(約1000億円)。米レコード産業の全売上の約3割に相当する金額を、Napsterはレーベルに支払うと発表したのだ。大きな金額だ。ただ、ダウンロード数で割れば、一曲あたりのわずか数セントに過ぎない金額だった。

何よりもまずかったのは、レーベルの裏を欠く形でマスコミに訴えかけたことだった。敵対者との交渉であっても、信頼関係の構築がネゴシエイターの基本だ。

「3年間、Napsterに関わりましたが、私がキレたのは後にも先にもこの時だけでした」

とRIAAのローゼンは振り返る。電撃発表の前日、情報を掴んだ彼女はバリーに電話で怒鳴り込んだ。こんな素人じみた交渉でまとまるわけがない。全てがぶち壊しだと。バリーは「間違っているのはあなただ」と反論してきた。

ローゼンが匙を投げたのは、この瞬間だった。もはや和解は無い...。

Napsterのその後の運命は定まった。

Napsterは違法ファイルのフィルタリングを稼働させたが、アーティスト名・曲名に基づくフィルタリングはユーザーにあっさりクラックされた。Foo Fightersは Flu Fightersに、といった感じで綴りをわざと間違えてシェアすれば十分だったからだ。地裁のパテル裁判官は「恥ずべき出来」と切って捨てた。

パテルは100%を求めた。技術的に無理です、とNapster側は改めて反論したが、「みなさんは技術革新の重要性をずっと訴えてきたじゃないですか。シリコンバレーの技術力なら可能でしょう」と皮肉たっぷりに退けた。Napsterのエンジニアたちは死に物狂いで不可能に挑戦することになった。

2001年6月27日。

音紋認識テクノロジーの導入。グレースノート(旧CDDB。後にSonyが買収)の技術協力。30人のアルバイトを使った人海戦術。あらゆる手段を使ってリアルタイム・フィルタリングを何とか稼働させた。これで、Napsterの首はつながる...。連日の徹夜で疲労困憊したエンジニア陣は、胸を撫で下ろした。

しかし、ユーザーは曲名を暗号化するサイトまで立ち上げていた。リアルタイム・フィルタリングを以てしても、1〜2%の違法コピーがフィルターをすり抜けた。パテルはこれを許さないはずだった。

2001年7月1日。ふたたび夏。

パテルの再審理が迫っていた。心証を慮ったバリーCEOは、Napsterを停止することを決断。ついにNapsterは稼働を停止した。

はずだった。

「確かにサーバーを止めました。けど、Napsterは止まらないようですね」

サーバールームから出てきたシニア・テクニカル・ディレクターのアイダーは、無表情でCEOに報告した(※)。閉鎖を恐れたあるユーザーがOpen Napを開発。あちこちで野良サーバーが立ち上がっていたのだ。Napsterは、もはやNapster社のコントロールから外れていた。

(※ Alex Winters "Downloaded" 01:15 - 01:25)

Napsterユーザーはグヌーテラやカザーなどへ引越しつつあった。Napsterクローンのユーザー数はすでに本家を超え始めていた。裁判に勝って戦に負ける。Sony MusicのアイナーCEOたちが予想した通りの現実が到来した。

「僕のこめかみに銃をつきつけたって、もう止まらないよ」

WinAmpを開発した後、Napsterクローンのグヌーテラを開発したジャスティン・フランケルは言った。オープンソースで公開されたグヌーテラは、どの会社の管理下にも無かった上、メジャーレーベルがやっきになって停止させようとしているファイル検索のサーバーすら不要にしていた。

「Napsterの子孫たちが繁栄するでしょう。そして新たな種は、祖先よりも進化しています」

議会の証言台にも立ったグヌーテラのもうひとりの開発者ジーン・カンは、そう予言した。テクノロジーが進化する限り、ファイル共有を潰そうとしてもすりぬけていく。

ショーン・パーカーが好きな作家、ロバート・A・ハインラインの作品"Life Line"にこんな一節がある。歴史を進める時計の針を裁判で止める権利は誰にも無い、と。

音楽とテクノロジーの関係をエジソンの時代から追ってきた。そろそろ浮き彫りになってきただろう。歴史は繰り返す。人間の自意識に進化は無いからだ。同時に、歴史は一方通行でもある。テクノロジーは進化するからだ。


ポスト・違法ダウンロードはいずこ。定額制ストリーミングの失敗

アメリカではNapsterのブランド認知は97%だった(※)。Yahoo!やAmazon、Googleの名を知らないIT音痴でもNapsterの名は知っていたことになる。だがサーバが停止すると、この世界一有名な猫のロゴもまた、歴史の舞台袖へ走り始めた。

(※ http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/3102501.stm )

2001年12月。Napster閉鎖から5ヶ月後。

9.11事件を経たアメリカは重苦しい空気に包まれていた。その中、ポスト・ファイル共有の時代へ向けてメジャーレーベルは聴き放題の定額制ストリーミングへ邁進していた。フリー(無料)に対向するにはフリー(自由)しかない。

ソニー、ユニバーサル陣営はプレス・プレイ。ワーナー、BMG、EMI陣営はミュージック・ネットをロンチした。両陣営は、たがいに楽曲を融通しあうことは無かった。だから定額制は、楽曲数ではじめからファイル共有に負けていた。

使い勝手も最悪だった。PCワールド誌は、両サービスを「史上最悪のテクノロジー製品ランキング」の9位にランク・インさせた。「レコード会社は何もわかってないことがよくわかる出来だ」と記事は酷評していた。

Napsterユーザーが、プレス・プレイとミュージック・ネットを触ればそういう評価になる。初代iTunesすら踏襲した優れたインターフェース。ウェブ・ブラウザよりも軽快なレスポンス。人びとはNapsterで最高レベルの品質を経験済だった。

ストレスフリーの操作感もまた、グリフィンの言う「フリーな感覚」に必須の要素だったが、メジャーレーベルに務める技術責任者たちにそれがわからなかった。

「音楽業界はテクノロジーについてまるで分かってない。とりあえず、そこらへんの開発者を雇ってくればいいと思ってるんだ。テクノロジーのプロデュースには直感とクリエィティヴィティが要る。アーティストの創作に厳しい鍛錬が必要なようにね。両方の心を理解しているのは、僕の他はあまりいないと思うよ」

ジョブズは後にこう語っている(※)。音楽コンテンツは、才能あるアーティストが創って初めて売り物になる。同じように音楽サービスには、才能あるテクノロジストが仕切らなければ、マスに受けるサービスは出来上がらない。このシンプルな原則を学ぶのに、メジャーレーベルは高いレッスン代を支払うことになった。そのレッスン代が定額制ストリーミングの失敗だ。

(※ Walter Isaacson "Steve Jobs" Chapter. 30)

連載第44回 定額制ストリーミングはなぜ失敗したのか〜Napsterの物語(下)
▲ファイル共有に対抗するため、2002年に登場した定額制ストリーミングだったが、新譜もカタログも限られていた。一方、違法・無料のNapsterとそのクローンは新譜・カタログを100%揃えていたため、初めから勝ち目が無かった。

2002年1月。

プレス・プレイ、ミュージック・ネットから1ヶ月遅れて、Napster IIも登場した。

こちらはショーン・ファニングが開発しただけあって、操作性は抜群によかった。だが、肝心の楽曲がインディーズしかなかった。それでもベータ・テスターを300万人集め、アプリの出来は称賛された。これで初代Napsterのように全ての楽曲が載ればあるいは...。そう思う業界人も少なくなかった。

実際、ベテルスマンからやってきたNapsterの新CEOは、AOLワーナー、EMIとの和解にほとんど漕ぎ着けようとしていた。残りはユニバーサルとソニーになる。こちらも、今度は裁判所がNapsterの味方に付き、門戸を抉じ開けるチャンスが到来していた。

「原告(メジャーレーベル)のみなさんがどのような経緯でジョイント・ベンチャーを着想したのか。興味がありますね」

パテル裁判官は、プレス・プレイとミュージック・ネットを通じたメジャーレーベルの楽曲囲い込みに不適切な可能性があることを指摘した。反トラスト法違反にまで踏み込まれたら、マイクロソフトのようにまずいことになる。メジャーレーベル陣営は、捨て去ったNapsterとの和解を再検討することになった。

だが、ITバブル崩壊と911テロの暗雲が、この光明を掻き消してしまった。

ベテルスマンのミデルホフCEOは、取締役会にNapster IIの本格的なビジネス化を提案した。まずNapsterへの貸付金を株式に転換して、子会社化する。そしてメジャーレーベル各社に和解金を払う。そして全レーベルの楽曲を取り揃える。そうすれば数千万人いた旧Napsterユーザーをサブスクリプションの世界へ案内することが出来る。

しかし911以降、ベテルスマンの取締役会は、もはやミデルホフのアグレッシブな投資方針を承認することはなかった。

Napster IIが300万人のベータテスターを集めた一方、プレス・プレイとミュージック・ネットは散々だった。サービス開始から3ヶ月後。ミュージック・ネットが集めたユーザー数はたった4万人にしかならなかった(※)。合法配信の出来に失望した音楽ファンは、ふたたびファイル共有の地下世界へ帰っていくことになった。

Napster閉鎖後、NapsterクローンはNapsterのピーク時と同数のユーザー(4000万人)を確保し、一層成長しつつあった。違法から合法へではなく、違法から違法へ移動しただけだった。

かくてジム・グリフィンが提唱し、メジャーレーベルが違法ダウンロード対策の切り札として用意した定額制ストリーミングは、現実の前にあっけなく敗れ去った。


「Napsterの終わりは、世界の終わりだ...」

2002年6月3日。Napster社は2年と11ヶ月で倒産した。

裁判所から出ると、アメリカ中のマスコミが殺到していた。記者会見を終えたRIAAのローゼンは会場の端に去り、今でも解散しない記者たちのひとだかりをみつめていた。幾重にも差し出されたマイクの中心には、Napsterを開発したショーン・ファニングがいた。

たとえ違法であろうとも、Napsterのファンは音楽ファンでもあった。ファニングが音楽ファンのヒーローで、ローゼンは悪役を演じ通した。内心、憎んでもおかしくないライバルだった。だが、ローゼンはこれまでの戦いを通じ、ファニングのことがいやまして気に入っていた。

少年はヒーローに祭り上げられても、調子に乗って音楽産業に怪気炎を放つことはなかった。音楽産業の仕組みを理解してなかったが、Napster社の経営陣たちと違って、いつも誠実に対話しようとしていた。

ローゼンは知らなかったが、この大騒動を通じて彼のおだやかな人格は深みを増した。母と自分を捨てた実父と自ら再会し、良好な関係を築きつつあった(※)。

(※ Joseph Menn "All the rave" Epilogue)

会場の外れにいたローゼンの側に、著名司会者のチャーリー・ローズが歩いてきた。インタビューではなかった。騒動の前は自身も人気コメンテーターだったローゼンは、チャーリーと友人だった。

ふたりがシェアしたのは、勝利や安堵の感覚ではなく、抑えきれぬ悲嘆だった。

稀有の才能を持った少年に、大人たちが集まって来た。そして事を無茶苦茶にして、傑作の可能性をぶち壊してしまった。そう、ヒラリー・ローゼンは友人に心を明かした(※)。彼女も大人の一人だった。音楽業界で少なからずある事象が起きたのだ。

(※ Fortune Magazine 2013 Sep. 5th)

どこで間違えたのかしら...。きっとうまくいく方法があったはず、とNapster社側の大人だったリチャードソン元CEOはファニングに漏らした。ファニングはこう語ったという。

「エイリーン、初めからチャンスは無かったんだよ。ローゼンたちRIAAは、こうする他なかったんだ」

RIAA(米レコ協)側の筆頭弁護士を務めたフラックマンが自宅に帰ると、高校生の息子が待っていた。話があるんだ、と息子は言った。学校のみんなが父さんの話を聴きたがっている、と。

学生の7割がNapsterを使っていた(連載第43回)。彼らは、Napsterがもたらした音楽天国に熱狂した。少年少女たちにとって、フラックマンは天国から自分たちを追い出す大人の一人だった。

わかった。行って話すよ、とフラックマンは言った。学生たちに吊るし上げられるかもしれない。だが自分には、彼らの怒りを受け止める義務があると、彼は思った。

フラックマンは生徒たちに淡々と、自分の経験したことの推移、無料が音楽家を傷つける事実を語った。生徒たちは予想に反して、反逆的な様子を見せることもなく静かに、真剣に聴き続けた。

話が終わると、息子の友人が沈痛な面持ちでこう言った。

「Napsterの終わりは、世界の終わりだ...」


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インターネットテレビの視聴“体験”を“習慣”に変える AbemaTV 編成制作局長 藤井琢倫氏 インタビュー インターネットテレビの視聴“体験”を“習慣”に変える AbemaTV 編成制作局長 藤井琢倫氏 インタビュー
2016年4月に開局したインターネットテレビ局「AbemaTV」が11月に1,000万ダウンロードを…

日本初!ダンス・ミュージックの国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MUSIC EVENT」開催 日本初!ダンス・ミュージックの国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MUSIC EVENT」開催
ダンス・ミュージックに焦点をあてた日本初の国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MU…

【13th TIMM】BABYMETAL、スカパラ・・・日本人アーティスト海外公演の舞台裏を語る「キー・プレーヤー:ザ・ブッキング・エージェント」 【13th TIMM】BABYMETAL、スカパラ・・・日本人アーティスト海外公演の舞台裏を語る「キー・プレーヤー:ザ・ブッキング・エージェント」
10月24日〜26日にかけて開催された、日本音楽の海外進出を目的とした国際音楽マーケット「第13回東…

新しい時代を鳴らす楽器クリエイターを輩出したい オリジナル楽器のコンテスト「THE 楽器 DE SHOW!?」が開催 新しい時代を鳴らす楽器クリエイターを輩出したい オリジナル楽器のコンテスト「THE 楽器 DE SHOW!?」が開催
ソニーミュージックによるエンタテインメントの学びの祭典「SONIC ACADEMY FES 2016…

【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー 【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー
8月23日、日本音楽制作者連盟(以下、音制連)、日本音楽事業者協会(以下、音事協)、コンサートプロモ…

多彩なビジネスセミナーで海外進出の糸口をつかむ 「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」10月24日より開催 多彩なビジネスセミナーで海外進出の糸口をつかむ 「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」10月24日より開催
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ニューミドルマン座談会「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た、新時代音楽ビジネスの可能性 ニューミドルマン座談会「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た、新時代音楽ビジネスの可能性
IT、デジタル化の波は、音楽、エンターテイメントにも訪れている。新しい時代に対応した人材を育成するこ…

バザール12020701【居抜スタジオ】 プロユーススタジオ機材を大放出中!
新商品【居抜スタジオ】が出品されました!NEWマーク画像