『未来は音楽が連れてくる』〜日本が気づかないソーシャルミュージックの大席巻

連載第57回 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[下]


■歴史を動かすのはテクノロジーなのか、ビジョナリーなのか


▲Pandora誕生のきっかけとなったエイミー・マンの『How I am different』。彼女がゲフィン・レコードと契約更新できず、この曲の入ったアルバムをインディーズでネット販売せざるを得なくなったという記事に触れたとき、ウェスターグレンはミュージックゲノムプロジェクトを着想した

「社会変革をもたらす本当の力は、テクノロジーだ。政治でもビジネスでもない」

Naspter、FacebookそしてSpotifyで幹部を歴任してきたショーン・パーカーはそう語った。だが音楽産業100年の物語を書き連ねてきて、歴史を動かす真犯人が独り技術のみとは、筆者には感じられなくなっている(※1)。

かつてジョブズは職業を問われ、「ビジョナリーってやつだ」と答えた。

彼がパロアルト研究所を訪れるまで、GUIの技術が世界に羽ばたくことは無かった。マッキントッシュの登場を機に、コンピュータは研究者の手から離れ、誰もが親しめるものになった。今では老若男女の手のひらの上にあるが、それがコンピュータと気づかぬ人も少なくない。

先に触れた協調フィルタリングもまた、パロアルト研究所の片隅で生まれ、埋もれた技術になろうとしていた。しかしベゾスのAmazonと出会うと、人工知能はみずからを悟られること無く人びとの買い物生活を助けるようになり、その存在を日常に溶け込ませていった。

コンピュータの話をトランジスタ誕生の時代まで遡ると、妙な具合だが、日本と音楽のことに話がかわる。トランジスタで最初に人類の生活を変えたのは、決してシリコンバレーではなかった。

太平洋戦争の終戦から間もない頃、それは米ベル研究所で発明された。そして民生化の道を見いだせずにいた。民草には役立たずに見えたこの電子部品を使って、携帯できるほどラジオを小型化してやろうと思い立ったのが東通工の井深大だった。

ラジオから鳴る音楽を、誰もがどこにでも携帯できるようにする。それがビジョナリー井深大の描いた人類の未来図だった(第一巻三章)。携帯トランジスタ・ラジオの世界進出を機に、井深の経営する東通工はSonyと名を変えた。

アメリカの少年少女がSonyの携帯ラジオを得ると、世界は変わり始めた。親の居座る居間では聴けなかったロックンロールは、子供部屋でリスナーを得た。そしてポピュラー音楽全盛の時代が始まり、今あるレコード産業の形が出来上がっていったのである(第一巻二章)。

GUIとスティーブ・ジョブズ。協調フィルタリングとジェフ・ベゾス。そしてトランジスタと井深大。技術とビジョナリー、知と魂。どちらが世界を変えるのだろうか。あるいは両者が出会った刻なのかもしれない。

ミュージックゲノムプロジェクトのコンテンツ解析も、オークランドの小さなオフィスで飛翔の機を待っていた。しかしこの技術に必要だった出会いは、独りのヴィジョナリーとだけではなかった。

ミュージシャンの未来像を描く、創業者のティム・ウェスターグレン。ユーザーインターフェースを描く、CTOのトム・コンラッド。そしてビジネスモデルを描く、新しきCEOジョー・ケネディ。三人の情熱が、ひとつのテクノロジーを円心にして重なりあった時、歯車は動いた。

※1 http://www.vanityfair.com/culture/2010/10/sean-parker-201010


■SpotifyもYouTubeも敵わない。最強の音楽サービスが着想された瞬間

連載第57回 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[下]
▲ジョー・ケネディ
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「クレジットカードを12枚ぐらい持ち寄ってなんとかしてましたね。オフィスの家賃は未払で督促状は山積みだし、エアコンが故障したままで、夏なのに暖房がついてね…」

ウェスターグレンからCEOを引き継いだ頃を、ケネディは楽しそうに語る。GM社に在籍時代、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得。そのままサターン社の立ち上げを任され、続いてE-LOANの創業にCOOとして関わった。そんな彼が、どうしてこの金欠した所帯を引き受けたのか。

「私の愛してきたもの、全てを結び合わせることができたからです」

彼は、コンラッドと同じくコンシューマーを愛していた。プリンストン大学でコンピュータ科学を専攻し(ベゾスの先輩に当たる)、数学を愛していた。そして音楽理論と作曲を副専攻に修めたピアニストで、音楽を愛していた。

ミュージック・ゲノム・プロジェクトはミュージシャンの感覚に任せて造られたものではなかった。

ウェスターグレンは、ノーラン・ギャサー教授をコンサルタントに招いていた。教授の専攻は音楽理論とアルゴリズムで、ウェスターグレンとは母校スタンフォードの研究所(Center for Computer Research in Music and Acoustics)で知り合い、友人となった。彼こそがミュージック・ゲノム・プロジェクトの頭脳であった(※1)。

ギャサー教授と同じく、音楽と数学を愛するケネディは、ミュージック・ゲノム・プロジェクトのアルゴリズムを見て、音楽の持つDNAの近似値を450次元で表した数式群の美しさに魅了された。

(これこそ求めていたダイヤの原石だ…)

ケネディの心は震えた。そしてCEOを引き受けたのだった。

ヴェンチャーの成否は核を生成することだ。フォーカスにフォーカスを重ね、これだけは世界の誰にも負けないという核を生成する。結晶は育ち、やがてダイヤの原石となる。後は自分のような人間がいれば、ビジネスモデルはみつかる、というのが立ち上げ屋ケネディの信念だった。

当時、iTunesミュージックストアとAmazonの成功で、ひとびとはオンラインで音楽を売ることに頭がいっぱいだった。だからウェスターグレンもそれを手伝うビジネスモデルを建てた。

その頃のサヴェージ・ビースト社は、家電量販店のCD販売コーナーに置かれたキオスク端末の上で、おすすめの音楽を検索できるようにすることを手伝っていた。本当は音楽配信を手伝いたかったがそれはかなわなかったためだ。

が、うまくいかなかった。音楽の販売を助け、売上が増えた分から手数料をもらう。楽曲レコメンデーション・エンジンのASPは煎じ詰めればアフィリエイト程度のビジネスモデルだった。

しかもレコード産業の売上は減る一方だ。iTunesの登場でオンライン売上の比率が上がろうともそれは変わりなかった。販促費に楽曲売上の一部をもらう、というのはレコード産業からお金をもらう発想だ。それでは勝ち目がない。

2004年11月。肌寒くなってきたが、エアコンをつけると今度は冷房がついた。オンラインあるいは音楽配信のブームに囚われて、どこか間違えているのかもしれない…。ケネディの思索は、全く新しい何かを模索し始めていた。コンラッド、ケネディが入社して4ヶ月が経っていた。

その日、ベストバイ社から帰ってきたウェスターグレンは、打ち合わせの様子をケネディらに語った。おすすめ音楽の機能を載せたキオスク端末の評判は上々で、導入店はみなCDの売上が伸びたという。

「それでもう一歩進んで、おすすめ音楽を実際、試聴できるようにしてくれないかと先方は言ってるんだ。できるかな?」とウェスターグレンは訊ねた。

「できるというか、社内ではもうそうしてますね」というのが、コンラッド率いるエンジニアチームの答だった。ミュージック・ゲノム・プロジェクトの入力画面には、曲名で検索すると似た曲がずらりと並び、実際に音を出して確認できる機能が備えてあった。曲を解析するミュージシャンをサポートする用途だ。

さて、これをどうキオスク端末向けにカスタマイズしようか、と相談を始めたときだった。「待て。これでラジオをやるのはどうだろう」とCEOのケネディが呟いたのである。三人は顔を見合わせた。

「ワンクリックで魔法のラジオができるじゃないか」とケネディは続けた。

人工知能のDJがリスナーひとりひとりに寄り添って、まるでリスナーの音楽趣味はなんでも知っているかのように、ひとりひとりに合わせて好みにぴったりの新曲をかけてゆく。新たな音楽との出会いを創る魔法のラジオ、パーソナライズド・ラジオが着想された瞬間だった。

「この国でどう音楽が消費されているか考えた時、音楽消費の80%がラジオだって気づいたんだ。iPodやiTunesじゃなくてね。でも音楽産業やIT産業は音楽配信で頭がいっぱいだった。これはすごいチャンスだと僕らは思ったよ」

コンラッドは当時の興奮をそう語っている(※2)。

※1 http://www.ventureblog.com/2005/09/pandora-and-persistence.html
※2 https://youtu.be/sKTsulK84bg 37:10



■フォーカス。大砲を打つ前に銃撃で照準を合わせる

少し時間を遡る。ウェスターグレンが起業した2000年頃のことだ。日本人デザイナーの八木保たちは、Apple本社に来ていた。来たるAppleストアの店舗デザインへ向けたデザインコンペに勝利したからである。

「倉庫を用意する」とジョブズは言った。中に極秘の実験店舗を創ってもらう。そして俺の納得が行くまで徹底的にデザインを磨き上げてもらう、というのがジョブズの指示だった。

それから日本人デザイナー・チームは倉庫に籠もり、様々なアイデアを試みていった。多忙の中ジョブズは隔週で訪れ、熱心に意見を述べていったという。これ以上ない、というデザインが出来上がったとき、ジョブズはGOサインを出し、全米に25店舗を一気に展開。床面積の平方あたりの売上でNo.1だったティファニーを倍上回り、世界最高の小売店となった(※1)。

『ビジョナリーカンパニー』を書いたジム・コリンズは、これこそビジョナリー・カンパニーに共通する戦略だと語る(※2)。まず小さな銃弾を何発も撃って試行錯誤し、消費者にぴったりと合う照準を見つけてから大砲を撃ち、市場に派手な爆発を起こす。これが最良の手だ、と。

それはジョブズのマントラ、「フォーカス」と合致する理論であった。彼の没後、コリンズはAppleの幹部養成機関『Apple大学』に教授として招聘されている。

コリンズの言う試し撃ちには、完璧な試作品作りのほか、十全なデータ分析も含まれている。

iPodの成功について問われたとき、ジョブズは「データがないまま『きっと市場が存在するはず』と期待して、家電企業が珍品を作ったような話とiPodは違う」と語ったことがある。そのマーケティング分析の過程は、第二巻で描いた。

データ分析の醍醐味は予想外の結論に辿り着くことだ。それは我われの思い込みを破壊し、カタストロフィを与えてくれる。本連載で度々、試みてきたことだ。

2005年の晩秋、ケネディが着想したパーソナライズドラジオは、ビジネス的にも前代未聞だった。検証のため、彼はさっそくビジネス分析に入った。ハーバード・ビジネススクールを出た彼にとってそれは慣れた仕事だったのだが、かつてない興奮を覚えた。思い込みを覆すアウトプットが次々と出てきたからだ。

iTunesの成功以来、音楽の新事業といえば音楽配信となっていた。

だが先に書いたとおり、調べると国内では音楽を聴く時間の80%はラジオのままだった。通学といえば車のアメリカ人だ。ラジオを聴く時間も、IT業界の予想に反して減っていなかった。

そして市場だ。音楽配信なら衰退する音楽市場で戦うことになる。

が、ラジオなら舞台は広告市場だ。それはアメリカのGDPに連動して拡大していた。ラジオ広告の市場規模だけ見ても、米レコード産業の実に4倍もあるとわかった。世界で見てもレコード産業の2倍あった(連載第24回)。

サブスクリプションと広告の市場規模を比較しても同じ結論だった。

当時、アメリカでは数百のチャンネルを揃えた定額制の衛星ラジオが人気を博しつつあった。売上規模は8億ドル(約960億円)。大きな数字に見える。だが、ラジオ広告売上はその21倍の170億ドル(2兆円)もあった。

インフラ環境も変化していた。

2000年代前半、ジョブズの予言通りストリーミング配信は失敗し、時代はダウンロード配信へ向かったが、ここへ来て通信コストの低下でストリーミングも消費者ビジネスに使える閾値に到達しようとしていた。三人は知らなかったが同時期、YouTubeの開発も進んでいた(連載第51回)。

そしてコンテンツ調達だ。

音楽配信はメジャーレーベルとタフな交渉を繰り返さなくてはならない(第一巻五章)。毎年払うMGも日本円で億単位が必要だったが、インターネットラジオなら違っていた。米レコード協会の事業部からスピンアウトした公共団体SoundExchangeを使えば、コンテンツ交渉も契約金も要らない。誰でもインターネットラジオで音楽をかけられることがわかった。

残るはプロダクト化だ。

ミュージック・ゲノム・プロジェクトにリスナー向けのユーザー・インターフェースを被せてやれば、出来上がるはずだった。そしてここには、Appleでユーザー・インターフェースを創っていたトム・コンラッドがいるではないか。

しかも彼は前職で、Web用インターフェースに最適な技術を、Ajaxという名が付く前から専門としていた。三者三様に、点と点が繋がったのである。

コンラッド率いる技術チームはさっそくプログラミングにとりかかった。

※1 日経デザイン編『アップルのデザイン』(2012)日経BPマーケティング、第四章
※2 ジム・コリンズ、モートン・ハンセン著 牧野洋訳『ビジョナリー・カンパニー4』(2012年)日経BP社、第四章pp.169
※3 ラジオ広告売上はU.S. Census Bureu. "2007 Service Annual Survey. Information Sector Servicie" (published March 2009) サブスク売上はSirius XM社の2005年の売上 http://investor.siriusxm.com/annuals.cfm



■Appleチルドレン、音楽でGUIの先へ

アルファ版はすぐに出来上がった。

すると、コンラッドはAppleチルドレンらしいことを始めた。ごくふつうの人たちをテスターに招き、誰もが迷いなく使えるまでユーザー・インターフェースをシンプルにしていった。

ミュージック・ゲノム・プロジェクトは精緻を極めていた。一曲のDNAは2000以上のパラメータで構成されていたので、コンラッドの腕があれば、あらゆる機能を実装することは容易だった。

気分を選ぶインターフェース、シチュエーションを選ぶインターフェース、音楽の属性をグラフ化するインターフェースに、ソーシャルな機能。やろうと思えば、なんでも出来たし、彼自身、アイデアを出すのが好きだった。

だが様々なアイデアを試す過程で、彼はふたたびジョブズのマントラを学び取ることになった。機能を省けば省くほど、テスターたちの満足度が上がった。のみならず、プロジェクトの熱心なサポーターに変わっていったのである。コンラッドは方針を切り替えた。可能な限り機能をそぎ落とすことにしたのだ。

「何をやるかよりも、何をやらないか選ぶ方が重要だし難しい」

それもジョブズの言った言葉だった。シンプルは洗練の極み。ベータ版のインターフェースはAppleの標語を想起するほどに単純化されたものが出来上がった。

初めてサイトを開くと、空欄とボタンがひとつだけ。Google検索のようにシンプルだった。いま聴きたい気分のアーティスト名、あるいは曲名を入れてボタンを押すだけでよい。

二度目にサイトへ来た時には、一度たりともボタンを押さなくてもよかった。

じぶんの好みに合わせて、人工知能がプレイリストを自動生成。リスナーは音楽に身を委ねるだけ。iTunesやiPodにも入ってない、テレビやラジオでも聴いたこともない音楽がかかり、それが不思議とじぶんの趣味とぴったり合う。

コンラッドは極限まで操作を削り取っていった。

2015年のいま、GUIの限界を超えることは、いよいよ喫緊の課題となっている。GUIがいくら簡単だといっても、車内やスマートウォッチ上では操作自体がストレスになる。そこで人工知能助けを得て、人の操作を極力削れる「ゼロUI」が求められるようになった。すべてのものにネットが実装される時代の宿命だ。

ミュージック・ゲノム・プロジェクトに彼が装ったユーザー・インターフェースは、「ゼロUI」の先駆けでもあった。それはPandoraが車内や手のひらの上で最適なユーザー体験を与えていく未来に連なっていく。

Appleチルドレンの彼は、ジョブズの哲学を突き詰める過程で、師の創ったGUIの時代から次の時代へ、知らずと世界を推し進めていたのである。音楽がユーザー・インターフェースの未来を連れてこようしていた。

2005年7月21日。

オークランドにふたたび夏が来ていた。ベータ版はたった200名に限定公開された。そしてサービス名に合わせて、サヴェージ・ビースト・テクノロジー社は社名を変更した。

名をPandoraと言った。


■音楽離れへの解、Pandora

200人のテスターたちは、すぐPandoraの熱心な伝道師になった。

「皮肉な話ですが、解析が遅れていたことが功を奏しました」

Pandoraの頭脳、ギャサー教授はそう振り返る。開局当初、わずか30万曲しか使えない状況だった(※1)。時間も人手も足りなかったので、ほんとうにお薦めしたい曲から順に解析していかざるを得なかったのだ。だがその結果、Pandoraはおのずと優れたキュレーションメディアになっていた。

音楽配信はカタログがあればあるほどよい。それが当時の常識だった。いや、今でもそうかもしれない。Pandoraはここでも逆を行った。Pandoraでは、カタログの少ないことがリスナーの満足度をあげていた。

Pandoraがオンエアする曲は粒ぞろいで、外れがほとんどなかった。200人を感動させたのは、その精度の高さだったのだ。

テスターにはひとり25人の招待枠が与えられていたが、彼らはすぐ枠を使い切り、瞬く間に限界の5000人に到達した。

「数百万曲に誰もがアクセスできるようにすることが、必ずしも問題の解決にはならない…そうわかったのです」

試し撃ちは成功だった。

音楽体験にはふたつのフェーズがある。好きな曲に出会う「発見」のフェーズと、繰り返し聴く「リピート」のフェーズだ。無数にある音楽のなかで、どれが自分を感動させるのか。みな、自分にぴったり合う音楽を最短で見つける何かを探していた。その潜在需要をPandoraは掴んだのだった。

8月21日。

限定公開からひと月が経ち、Pandoraはいよいよ一般公開されたが、ここでも試し撃ちが行われた。サブスクリプションモデルを試したのだ。

米国の郵便番号とメアドを入れると、お試し無料期間が一ヶ月。以降は年額36ドル、月額にして3ドル(360円)。いま日本で苦戦しているパーソナライズドラジオとほぼ同じモデルだ。

ケネディたちはサブスクリプションには否定的だったが、それでも試してみる価値はあった。

テレビの方を見れば、アメリカでは広告売上と有料テレビの売上は拮抗していた(※2)。サブスクでも稼げるならそれに越したことはない。音楽ならMTVがそうだった(第一巻5章)。

だがほぼ予想通り、結果は散々だった。無料が席巻する時代に、「ラジオが有料」というのは受け入れられなかったのだ。人びとはこぞってフリーのメールアドレスを取得し、適当に郵便番号を入力して、再び無料お試しを取得していた。

それでPandoraユーザーには妙にビバリーヒルズの住人が急増したという笑い話が残っている(※3)。『ビバリーヒルズ白書』の原題(Beverly Hills, 90210)には郵便番号が入っているので、適当に入力する際、みな、それがパッと頭に浮かんだらしい。

11月9日。

広告モデルに移行すると、的に着弾した。当月、アメリカが感謝祭を迎えると、Pandoraのリスナー数は勢いを得始めたのだ。

感謝祭のホームパーティで、PandoraをBGMにするホストがたくさんいた。家族が友人が「音楽、いいね。これ何?iTunes?」と聞く。ホストはパッと顔を輝かせ、「いいでしょう?Pandoraっていうんだけど」と語りだす。

みな、出会ったばかりのPandoraの凄さを人に伝えたくて、うずうずしていたのである。

ウェスターグレンは指導力の源泉を問われ、「謙虚さです」と答えたことがある。じぶんが謙虚にしているから、ケネディやコンラッドのような才能ある人間がついてきてくれたのだと。バンマスをやってる頃、身につけた知恵だった。

が、彼の穏やかな性格に反してPandoraは、あらゆることに反逆していた。

機械解析の時代に逆らい、コンテンツ解析。集合知でおすすめを創る時流に逆らい、専門家集団のレコメンデーション。ソーシャルメディアの流行に対し、ソーシャル機能をごっそりそぎ落としていた。

だがPandoraの創りだす感動は人びとを突き動かし、いわゆる「バイラル」ではなく、生身の口コミが爆発した。感謝祭から半年後、Pandoraのリスナーは200万人に。のみならず局数は2300万ステーションとなり、いかなる多チャンネル放送も追いつけない局数となった。

しかも10にひとつの頻度で、Pandoraのリスナーは紹介された音楽を買っていた。

「みなさんもこれから20代後半になって、30代、40代になっていきます。クラスメートはもう周りにいません。最新の音楽を語り合うこともなくなる。みなさんならどうしますか?」

ウェスターグレンは特別講義に招聘されていた。彼の問いに、大学院生たちは両手のひらを上に向けたり、首を振ったりした(※3)。パブリック・アイビーの一角、UNCで学ぶ彼らはMBAの取得に向け忙殺され、iPodの中身を入れ替えるのも億劫になりつつあった。

Napsterから始まったファイル共有の席巻。そしてiTunesミュージックストアの登場。無料であれ有料であれ、どんな音楽でも聴こうと思えば手軽に聴けるようになった。

なのになぜ僕らは音楽に飽きつつあるのか。音楽を追いかけるのは諸全、社会人になれば卒業すべき趣味なのか。みなそうではないか。ウェスターグレンの特別講義を聴く大学院生たちは、考えこんでしまった。すこし間をおいてウェスターグレンは微笑み、自らの問いにこう答えた。

「音楽との新しい出会い。あのワクワクがいつもある人生を送りたい。その潜在需要を満たすために、私はPandoraを創りました」

音楽離れへの解。それがPandoraだった。

筆者がPandoraと出会ったのもその頃だ。30代となったばかりだったが、音楽メディアの現場から離れると、音楽の話題が自然と減り、いつしかiPodの中身が変わらなくなった。音楽に飽きたのかな、と錯覚しだしたのもその頃である。

実際、統計でも30代の音楽離れは確認される。30代になると、音楽への支出が50%以上も減る(※4)。仕事や家庭の用に忙殺され、音楽の話をしていた友人ともあまり会わなくなるからだろう。70年代末、30代になったベビーブーマーの音楽離れがアメリカに音楽不況を起こしたことさえある。そのときはMTVの登場が解決の一助を担った(第一巻四章)。

2006年になったばかりのことだ。古巣のスペースシャワーTVに打ち合わせで訪れた。そこで「すごい音楽サービスを見つけたんだよ」と教わったのがこのPandoraだった。次々と未知の音楽に出会い、しかもそれがぴったりと感性と合う。

音楽への情熱はすぐさま戻ってきた。音楽に飽きたというのは錯覚で、良い曲と出会う機会を失っただけだったのだ。

それは友人のミュージシャンやディレクターたちも同じだった。同世代の彼らも音楽に飽きた感を漂わせ、音楽を仕事にしたことに辛い面持ちをすることさえあったが、Pandoraを紹介すると次に会った時、「おい、あのPandoraっていうのすごいな」と顔を輝かせて感想を返してきた。

PandoraはMTVやソーシャルメディア、NapsterやiTunesさえもできなかった奇跡を起こしていた。

Pandoraは、カタログの70%をメジャーレーベルの音楽で揃えていた。インディーズびいきをPandoraがしていたわけではない。にも関わらず、リスナーの趣味に合わせて音楽を紹介すると、ウェスターグレンの予想を越えて、自動的に70%の曲がインディーズの曲になったのだ(※5)。


▲Gabe Dixon Bandの『Disappear』。

上のGabe Dixon Bandは筆者自身、Pandoraで知り、「これがインディーズというだけで知られてないのはなんともったいない」と思ったバンドのひとつだ。創業者ウェスターグレンの一押しバンドだが、Pandoraでパワープッシュされているわけではない。

Jamie CullumやBen Foldsなどピアノ主体のロックと紐付いているので、それらメジャーアーティストをPandoraで聴いていると紹介される。この歌もそうだが、Pandoraで静かな人気を得て、CMソングになったインディーズの曲は少なくない。

UNCでの特別講義から3年経った2009年。

Pandoraはアフィリエイトで、ひと月に100万ドルの音楽を売るようになった。一曲あたり1ドルで計算するなら、年間1200万曲を売ったことになる[1億ドル、12億曲を100万ドル、1200万曲に訂正 2015.5.2]。

Pandoraはファイル共有の病にも有効に働いていた。Pandoraの紹介する曲は無名の音楽が多く、ファイル共有されていなかった。人びとは彼らの曲を買う他なかったのだろう。PandoraをきっかけにCDが売れたと語るインディーズミュージシャンが続出した。

ラジオやMTVでかからない曲もPandoraで知って、AmazonやiTunesで買う商流が開通したのだ(残念ながらその後、YouTubeが普及すると、Pandoraで知ってYouTubeで再生する流れが強くなってしまった)。

「音楽業界で次に起こる破壊は、中産階級の登場になるでしょう。労働階級というべき立場にあったミュージシャンたちも、自力でメインストリームへ歩む道を得られるようになるのです」

Pandoraの社会現象を、ウェスターグレンは自らそう解説した。Pandoraがあれば、宣伝費のない音楽であってもオーディエンスを見つけられるようになる。銃撃で照準を合わせ、大砲を打つ。Pandoraで的をみつけ、宣伝費を投下する道筋も拓けてきたということだ。

ここで日本のことを思い出したい。日本のメジャーアーティストは、アメリカにおけるインディーズアーティストの立場に近いのではないか、という話だ。

世界ではメジャーアーティストとは、3大レーベルに所属するアーティストに限られる。彼らの売上シェアは全体の7割を超える。

一方、日本ではレコ協のISRCコードが付いたCDを出せば、売上が5000枚であってもメジャーアーティストだ。

日本レコード協会に参加する会社は、ソニーやエイベックスなど正会員18社、ジャニーズやA-Sketchなど準会員20社、トイズやテレ朝など賛助会員23社、合わせて61社に上る(※6)[51社を訂正 2015.5.2]。これをすべてメジャーレーベルと呼ぶので、外国から来た音楽配信の交渉者は目を白黒させる。日本は特殊だ、全部と話さないと事が進まないのかと。

予算からも、アメリカと日本のメジャーデビューでは意味合いが違う。RIAAが提示したメジャーアーティストの典型的なデビュー費用は、50万〜200万ドル(約6000万~2.4億円)だった(※7)。

人口の差異や世界市場の有無を考慮して、3分の1にしても約2000万~8000万円。今、日本のメジャーアーティストで、それだけ予算を確保できるのは多数派だろうか。

リリースできても、宣伝予算が取れず埋もれてしまった会心の作品はどれだけあるだろう。レーベル側からみても、宣伝費を割けない所属アーティストに10万人単位のオーディエンスが付く音楽メディアがあるのは、助けになるはずだ。

Pandoraの物語は、日本のメジャーレーベルにとっても参考になるのではないだろうか。

※1 http://www.fastcompany.com/54817/algorhythm-and-blues
※2 2005年当時、テレビ広告352億4900万ドル(約4兆3000億円)、ペイテレビ353億8600万(約4兆3000億円) U.S. Census Bureu. "2007 Service Annual Survey. Information Sector Servicie" (published March 2009)
※3 http://scienceblogs.com/terrasig/2006/09/21/pandora-radio-and-the-music-ge/
※4 https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/lifetime/pdf/110223.pdf http://www.riaj.or.jp/report/mediauser/pdf/softuser2013.pdf 支出のファクトは2014年の調査。現在未公表なので、具体的な数字は控えた
※5 http://sethigherstandards.com/pandorathe-best-music-site-on-the-internet/
※6 実際にはソニー系列で7社など、重なるところもある。 http://www.riaj.or.jp/about/member.html
※7 http://www.ifpi.org/news/record-labels-invest-us-4-3-billion-in-AR-and-marketing



■アーティストとリスナーを結びつけるということ

「この国では、たくさんの才能あるミュージシャンが無名のまま、高速道路とクラブとをさまよっています。一方で、チャート番組に出ぬような新しい音楽に出会いたいという人も溢れている…」

当時の対談でウェスターグレンは、音楽界を覆う問題をそう描いた(※1)。

世の中には埋もれた素晴らしい音楽がたくさんある。人気に左右されずに、純粋にリスナーの趣味に合わせて音楽をかければ、いい曲ならきっと喜ばれる…。それが音楽を救う道と期してウェスターグレンは創業した。

「私がPandoraでやろうとしていることはシンプルで、才能あるアーティストとオーディエンスを結びつけることなのです」

6年後の2012年には、Pandoraの楽曲使用料だけで、年5万ドル(約600万円)を超える支払いを受けるミュージシャンが800人を超えた。勿論、大半がインディーズのミュージシャンである(※2)。

2014年の米レコード産業売上は卸値ベースでプラスとなった。アメリカはスウェーデンと並び、4年連続で増収した稀な国となったが、この4年でもっとも増えたデジタル売上は、Spotifyのサブスクリプション売上でもYouTubeの広告売上でもない。Pandoraを中心とするSoundExchange売上だ(※3)。

これまで地上波ラジオは音楽を使ってレコード産業の4倍も売上を立てているにも関わらず、売上の2.5%しか音楽界に還元してこなかった。だがPandoraは売上の半分を音楽界に支払っている。米レコード産業はPandoraを通して事実上、広告モデルを手に入れつつある。360度ビジネスはライブに限ったことではない。

今年2015年の正月。ウェスターグレンからリスナーに届いた挨拶にはこう書いてあった。

「おかげさまでPandoraはアーティストにとってホームとなるようなメディアになれました。今までなら決して出会えなかったオーディエンスとつながる場所です。

数字が全てを語っています。Pandoraで20万人以上のオーディエンスを得たアーティストの数は1万5千になりました。そしてPandora上で10万人以上から『イイネ!』を得たアーティストは1万2000人にも上ります」

連載第57回 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[下]
Graph : http://www.digitalmusicnews.com/permalink/2014/02/13/youtubepandoracontrol

いまやPandoraはiTunesを超えて、アメリカ最強のデジタル音楽メディアとなっている。上図を見てもらいたい。アメリカで過去一週間に使った音楽ストリーミングの順位だ。iTunesだけでない。YouTubeもSpotifyも、もPandoraには敵わない。

感動を生むセレンディピティの高さ、感動に最短でたどり着ける操作のシンプルさ。最も重要な部分、すなわちコアバリューで他を圧倒しているからだろう。

フォーカスとシンプルは表裏一体だ。

コンラッドはiTunesに遅れて触り、激しく後悔した。それから彼の創ったPandoraのユーザーインターフェースは、iTunesを超えるシンプルさを備えていた。

「最高のバリューを最もシンプルな形で提供しなければならないのです」

コンラッドと設計を詰めていったウェスターグレンはそう語るようになった(※1)。ジョブズの哲学はいつしか、ほとんどPandoraの哲学になろうとしていた。

現在Pandoraに勝つために、ジョブズ亡きAppleのBeats Musicなどがキュレーションサービスで対抗しようとしている。だが、このまま彼らがPandoraに勝つことはない気がしている。

まず手動のキュレーションのみで差異化とはならない。Pandora自体、ミュージシャンがその手で音楽を集めたキュレーションメディアだからだ。加えてユーザーインターフェースのシンプルさで、Pandoraから退化しているのが気にかかる。

キュレーションサイトに行った時、人は立ち並ぶプレイリストのどれが自分に合っているかわからない。結果、特集やジャンルでDJとプレイリストを選ぶが、これはパーソナライゼーション以前の時代のユーザーインターフェースだ。

もしPandoraを超えるところが出るとしたら、手動のプレイリストに自動の一工夫を加えたところだろう。選ばなくともおのずとその人が聴くべきプレイリストが再生され、次のプレイリストも反応に合わせて、紡がれていく。例えばそんな音楽キュレーションメディアが出れば、Pandoraに立ち向かえるかもしれない。「自動の反対は人だ」だけでは革新にならない。それを伝えたくて、Pandora誕生の背景を書いている。

2000年の1月から15年の歳月が過ぎた。Pandoraを立ち上げるまで、彼はミュージシャンたちと共に苦闘を重ねてきた。借金取りともみ合ったことさえある。Pandoraに集った数千万の音楽ファンは、ウェスターグレンの理想が絵空事でなかったことを証明してくれたのである。

※1 http://www.inc.com/scott-gerber/tim-westergren-the-ah-ha-moment-that-launched-pandora.html
※2 http://blog.pandora.com/2012/10/09/pandora-and-artist-payments/
※3 IFPI RIN2015



■Pandoraのミッシングリンク。ジョブズの手紙

今やアメリカを中心に月間8000万人のリスナーを誇るPandoraだが、伸び悩んだ時期があった。2006年、広告モデル導入で200万人に到達したが、それからしばらく、Pandoraのリスナー数は伸び悩んだ。

音楽には発見のフェーズとリピートのフェーズがある。発見には無料が求められ、リピートで有料にするのがリスナーの納得するところだ。音楽の発見を専らとするパーソナライズドラジオに無料モデルは必須であったが、それのみでは、市場を破砕する大砲とならなかった。

Pandoraが流行の領域から飛翔して、社会インフラの領域に入るためには、解決しなければならぬミッシング・リンクがあった。

「Pandoraはラジオの再発明だった。本当のポテンシャルを解放するためには、パソコンの外へ出ていかなければならなかったんだ。人びとがほんとうに音楽を消費する場所は、机上ではないからね」

コンラッドは2006年の頃をそう振り返る(※2)。パソコンを閉じ、部屋から飛び出し、車に乗り込まなければならなかった。

車だけでない。Sonyの携帯ラジオそしてWalkmanの登場以来、音楽はポケットのなかに入り、いつどこでも聴けることを求めていた(第一巻三章)。だがWalkmanでもiPodでも、Pandoraを聴くことは不可能だった。

当時、誰ものポケットに入っているものが、iPodの他にもうひとつあった。携帯電話だ。

携帯電話で聴ければ、車の中にも、ポケットのなかにも進出できる。だが、それはほとんど不可能だった。コンラッドのぶつかった障壁は、携帯電話にまともな共通OSのないことだった。AT&Tなどキャリアとも話し合ったが、一部キャリアの一部機種でPandoraが聴けるようになっても、社会インフラになることはない。ラジオはキャリアのためのものではなく、みんなのものだ。意味が無かった。

だが全ての機種毎にアプリを開発することなど、およそ現実的な話ではなかった。

携帯電話を相手にコンラッドが悪戦苦闘していた頃。オークランドから車で50マイル先にあるAppleキャンパスでは、学生時代のライバル、トニー・ファデルも電話にまつわる何かで苦闘を重ねていた。とあるプロダクトの開発責任者として、ジョブズと共にあるものを再発明しようとしていたのだ。

それからしばらく後のことだ。元Apple社員コンラッドのもとに、スティーブ・ジョブズみずからしたためた手紙が届くことになる。その時こそ、Pandoraはまことに飛翔の刻を迎えるのである。

※1 http://www.inc.com/scott-gerber/tim-westergren-the-ah-ha-moment-that-launched-pandora.html
※2 https://youtu.be/sKTsulK84bg 31:30


※ 本章の物語は以下の素材、特にZurbにあるコンラッドのロングインタビューがベースになっている。コンラッドとウェスターグレンの会話のシーンなど、三人のインタビューを考えあわせて書いた場面は、一字一句の引用ではなく小説の技法で補っている。
http://zurb.com/soapbox/events/6/Tom-Conrad-ZURBsoapbox
http://www.businessinsider.com/tom-conrad-pandora-interview-2012-11
http://liveworkoakland.com/2014/03/18/pandora-co-founder-steps-back-tom-conrad-stepping-down-as-cto/
http://vator.tv/news/2011-06-15-best-pandora-stories-speeches-interviews
https://www.youtube.com/watch?v=sKTsulK84bg




●次回は<2015年10月5日>更新予定!
【連載第58回「スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(10)〜若き日の挫折と、音楽産業を救うふたつの原石」】


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榎本幹朗氏著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

1974年、東京都生まれ。上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブ制作の仕事を始める。2000年、スペースシャワーネットワークの子会社ビートリップに入社し、放送とウェブに同時送信する音楽番組の編成・制作ディレクターに。ストリーミングの専門家となる。2003年、ぴあに入社。同社モバイル・メディア事業の運営を経て現在は独立。作家活動とともに、音楽メディア・音楽配信・音楽ハードの戦略策定やサービス設計を専門とするコンサルタントとして活動中。京都精華大学非常勤講師。東京都、自由が丘在住。本連載を書籍化した全六巻の大作「未来は音楽が連れてくる」( http://otocoto.jp/otobon/mirai.html )の刊行が始まっている。
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Twitter:http://twitter.com/miky_e



「未来は音楽が連れてくる」電子書籍 第2巻
特別連載企画『未来は音楽が連れてくる』榎本幹朗氏 NEWマーク画像【音楽業界関係者必見!】
日本の音楽産業は鎖国状態?
世界の最新音楽ビジネスモデルを分析した特別連載特集。

連載第62回 日本は「次の大物」を創りうるのか〜スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(14) <11/30 更新!>

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