連載第00回 2. Pandora Radioが地上波を越えNo.1に。対応に追われるアメリカ放送業界

2012年6月8日 2:45

ーー原稿を読んで「中国の音楽市場が、実はフリーミアムモデルに最適だ」と知りました。中国では音楽がインターネットで一番人気があるんですね。


榎本氏連載企画 中国コンテンツビジネスレポート2010年度(2)(2010年9月)
出典:中国コンテンツビジネスレポート2010年度(2)(2010年9月)
独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)

http://www.jetro.go.jp/industry/contents/reports/07000354



榎本:そうなんです。確かに中国の音楽産業の規模は小さく、しかも年々縮小していますが、これは従来のパッケージ販売型のビジネスモデルが通じない、ということですね。これは他の新興諸国でもいえることです。インターネット時代から入ったアジア諸国で、今からラジオ産業を育てて、新曲を聴いてもらって、CDショップを創ってそこで買ってもらって、という我々の通ってきた道を整えるまで商売できない、という判断は無理があります。

実際には中国のインターネット上では音楽が、ニュースや検索、SNS、ブログよりも人気がある。そしてインターネット広告売上も今年(2012年)、日本を越えると言われています。この二つのファクトを組み合わせて下さい。中国にはSpotifyやPandora Radioのようなフリーミアムモデルが最適ということを意味していますね。

中国にはワンストップ社という、4大メジャーレーベルのデジタル版権を中国で一括管理している会社があるのですが、ここと中国版GoogleのBaidu社が業務提携して、フリーミアムモデルの音楽サービスBaidu Tingを開始したところです。Spotifyは中国支社を立ち上げるためにGoogle Chinaの幹部を引き抜きました。

ーー中国に限らずアジア諸国は違法ダウンロード天国という印象があります。フリーミアムモデルはこれを退治できるのでしょうか。

榎本:参考になる事例が欧州にあります。欧州でSpotifyをもっとも熱狂的に迎えた国があるのですが、違法ダウンロード天国のスペインなんです。スペインの違法ダウンロード利用率は43%と最悪で、英独仏と比べると倍ありました。そのせいでスペインの音楽産業は急激に衰退し、2010年にはスペイン人の新人アーティストは国内TOP50にひとりもいないという事態に陥ったくらいです。

しかしそんなスペインにSpotifyが上陸すると、スペイン人は欧州でいちばんSpotifyを使ってくれたんですね。そしてスペインのレコード産業の売上はようやく下げ止まりに入りました。

欧州でも許諾交渉や著作権法の問題で、Spotifyの導入されている国と、導入されていない国とがあるのですが、統計を取ったところ、Spotifyを導入した国では音楽産業の売上下降が底打ちしたのに対し、Spotifyを拒んだ国では売上減少が止まらない、という結果が出ています。

つまり、フリーミアムモデルで提供されるクラウドサービスが、「違法ダウンロードが不要になるくらい、便利な合法サービス」であるならば、アジアの音楽マーケットにようやくビジネスモデルをもたらす存在になりうるわけです。そしてこれは、たとえば日本のマンガやアニメ、ゲームなどをアジアに輸出する際にも当てはまる事ではないか、と僕は予想してます。

ーー日本では、ソニーの定額制音楽配信サービスMusic Unlimitedがようやく本格的にサービスインします。

榎本:今月(2012年5月)、ヤフーのトップにソニーのMusic Unlimitedについての記事が出たのですが、欧米の記事と温度差がありました。

Music Unlimitedはソニー再生計画の一柱を担っています。「傘下の音楽コンテンツ資産を活用して、アップルに対抗する」というのが平井社長の説明でした。日本の読者からの反応は、「定額配信って、失敗して撤退したナップスターと何が違うの?」というものです。

ーー欧米のメディアの反応はどうだったのでしょう。

榎本:もっと突っ込んだ疑問を投げかけていました。「いまさら定額制音楽配信で、Spotifyに勝てるの?」と。

Spotifyは、毎月10時間、無料で楽曲が聴き放題のサービスで、わずか2年あまりで2000万人以上のユーザー数を確保しつつあり、iTunesキラーと呼ばれています。

たしかに定額制ならアップルのiTunesとは違った色合いを打ち出せるでしょう。しかし、ナップスターやラプソディなどの定額制音楽配信は、この10年、欧米でやってきて、10万人単位の会員数しか動かせなかった。スマホの普及後も、パっとしません。そこにSpotifyがフリーミアムモデルをひっさげて登場すると、あっという間に1000万人単位で人が動くようになり、ブームが起こったわけです。

「ソニーはアップルに対抗する前に、やるべきことがあるのではないか」というのが欧米の投資家の反応でした。

ーー要するに否定的な反応だった?

榎本:そうです。Music Unlimitedは欧米で既にスタートしていますが、ほとんど話題に上がっていません。スマートフォンに対応しない実験段階だったから、というのもあるかもしれませんが、今月発表された、スマホを入れた料金プランを見る限り、Spotifyへの対抗策は打ち出せてません。いちソニー・ファンとしては、もうひとひねり入れて、世界の檜舞台に立ってほしいところです。

ーーフリーミアムモデルだけではありません。日本には、Pandora Radioのようなパーソナライズド放送の情報も入ってきませんが。

榎本:「自分の知らなかった、自分の好みの楽曲をどんどん紹介してくれる夢のようなネットラジオがあるらしい」「上場したらしい」というところまでは、業界人のみなさんならチェックされてると思うのですが、社会的なインパクトや数字までは伝わってませんね。

ーーPandora Radioのインパクトというのはどれくらいのものだったのでしょうか。

榎本:Pandora Radioは、アメリカ限定のサービスなのですが、アメリカだけでアクティブユーザー数は5100万人にのぼります。テレビの視聴率に相当するレーティングは全国平均で6%を越え、地上波ラジオを含めた全ラジオ局の中で1位の座にあります。去年、2100億円の時価総額で上場しました。

ーーアメリカの放送局は焦っているのではないでしょうか。

榎本:YouTubeの登場よりもずっとインパクトがあったようです。YouTubeは視聴時間ベースで見るとまだまだ放送に及びませんですが、Pandora Radioは、ラジオ大国のアメリカで聴取時間で地上波に勝ちました。インターネット放送が地上波放送に勝った、史上初のケースとなります。

大手放送ネットワークは大規模な対応に出ています。CBSはイギリスのパーソナライズド放送Last.fmを340億円で買収して、自社のインターネットラジオと融合させました。

Clear Channelも、楽曲のレコメンデーションエンジンをSpotifyなどに提供しているEchoNest社と提携して、iHeartRadioというパーソナライズド放送をつくりました。やはりもともとやっていたサイマル放送と融合させてます。iHeartRadioは始まって8ヶ月目ですが、会員数は1,000万人を越える、すばらしい滑り出しを見せています。

ーー日本ではradikoが、がんばっています。radikoはサイマル放送ですね。

榎本:僕も愛用しています。radikoを使って説明すると、アメリカの放送局も「放送とインターネットの融合」ということで、radikoみたいなサイマル放送を推進していたのです。日本と同じように「地上波放送とIPサイマル放送」でインターネット時代に対応しようとしてたわけですね。だが、Pandora Radioが出てくると太刀打ちできなかった。

Pandora Radioの登場前には、SiriusXMという、USENのように細かくジャンル分けされた多チャンネルの衛星ラジオがブームになっていました。しかしこの多チャンネルラジオも、パーソナライズドラジオが登場すると負けてしまい、現在、対応策に追われています。

だから、アメリカは今、「サイマル放送とパーソナライズド放送の融合」に戦略を切り替えています。日本で言ったらradikoがPandora Radioのようなサービスも始める、という形ですね。ラジオ業界で起こったこの流れは、おそらくテレビでも起こるでしょう。

ーーテレビといえば、音楽テレビの次世代版が…。

榎本:VEVOですね。VEVOはソニー・ミュージック、ユニヴァーサル・ミュージック、EMI、そしてアラブの投資ファンドが共同で立ち上げた音楽ビデオの動画に特化したサービスです。YouTubeで視聴されているコンテンツの実に6割が音楽ビデオなのですが、これに手を打つために、当時ユニヴァーサル・ミュージックのCEOだったダグ・モリス氏が音頭を取って創った会社です。

YouTubeやFacebookで音楽ビデオを視聴されることも多いと思いますが、これのほとんどがVEVOの動画なんです。VEVO単独でもサービスをやっているので、アメリカの少年少女はiPhoneやiPadでVEVOをチェックして、音楽ビデオを楽しんでいます。

ーーVEVOは次世代のMTVになるでしょうか。

榎本:狙っていますね。というのは、ダグ・モリス氏は今、ソニー・ミュージックのCEOになっていますが、VEVOのCEOも兼任しています。メジャーレーベルは本気だということでしょう。ちょっと前にインタビューを受けていたのですが、ケーブルテレビ・ネットワークにVEVOを音楽チャンネルとして供給すると発表していました。売上的にも今年は3億ドル(240億円)を見込んでいるようで、これは現在のPandora Radioに匹敵する数字です。

ただ、VEVOにも弱点があります。平均視聴時間が15分/日と短いんですね。YouTubeと同じ弱点を抱えていると言えます。MTVの平均視聴時間がだいたい50分/日なので、これくらいを目指さないと音楽メディアとしては完成しないでしょう。

VEVOはこの原因を、楽曲レコメンデーションの欠如とみており、近々、Pandora Radioのようなレコメンデーションエンジンを導入することで対応する、と発表しています。そうすると、ユーザーの好みに合わせた音楽ビデオが次々とつながって流れてゆく、パーソナライズド・テレビが創れるんですね。そうすればMTVのように使ってくれるようになります。

ーーVEVOにしろPandora Radioにしろ、アメリカでは次世代の音楽放送がもう大きなビジネスになっているということですね。

榎本:そうです。Pandora Radioのビジネス的な数字を補足しときますと、去年(2011年)の7月に上場しましたが、時価総額は2100億円をつけました。直近の四半期で65億円の売上を出しており、通年で売上300億円を越えると目されています。去年の売上が100億ですから、アメリカ国内だけのサービスにも関わらず、急成長が続いていることになります。

ーービジネスモデルはどうなっているのでしょうか。

榎本:8割以上が広告収入で、残りがサブスクリプション収入ですので、ビジネスモデルは既存の音楽放送とほぼかわりません。マクドナルドやフォードなど、ナショナルクライアントのアメリカ上位50社のうち45社がPandora Radioに出稿しており、ローカルクライアントも400社ついているそうです。この広告収入の半分が、レーベルに流れていくわけですね。

ーーそういう話を聞いていると、なぜ日本の音楽業界が進めようとしないのか、不思議になるのですが。

榎本:進めようと動いてる方ともお会いすることがありますが、総体としては、放送メディア側も、楽曲の使用許諾をおろすレーベル側も腰が重いですね。

ーーやはり海の向こうの話だと思っているんじゃないでしょうか。日本がいずれ同じことになるというイメージが全く沸いていなのでは?「もっといい音楽を作らなければ」とか「もっと大胆にならなければ」とか、そういった精神論はいろんな経営者から聞きましたけど。

榎本:数字やファクトまではご存じないようですね。だから及び腰になるのだと思います。なんとなくイメージで「またインターネットのせいで大損するのではないか。無闇にネット企業を創っても潰すだけではないか」という気がしているのでしょう。

しかし、海外の事例をつぶさに追っていけば、Spotifyを導入した国は音楽の売上が回復してますし、Pandora Radioのようなパーソナライズド放送の普及で、メジャーレーベルは実質的に、ラジオの広告収益の半分を入手する手立てを入手しつつあります。

また、放送業界もかつてラジオがテレビに出資したように、パーソナライズド放送を所有する方向に向かってます。Pandora Radioは時価総額2100億円で上場しましたが、日本だったらradikoがこうしたサービスを始めたと仮定したら、100億円単位のキャピタルゲインが放送局側に出るわけです。

これまで「放送とインターネットの融合」は具体案が追いつきませんでしたが、ClearChannelの事例を見る限り、「地上波+IPサイマル+パーソナライズド放送」という方程式はきれいに機能しており、ラジオに関しては、ファイナルアンサーはもう出たと僕は見ています。

ーーたしかに「海外の事例を踏まえると日本も今後はこうなる」というような具体的な話は聞いたことがありませんでした。日本は鎖国中のようですね。榎本さんの情報を得た今となっては、せめてMusicman-NETは長崎の出島になりたいなという気持ちです。

榎本:まずはみなさんに海外のファクトを知識として共有していただくことが、再生の第一歩と考えています。これが筆を執った理由ですので、たしかに僕は、維新前夜の蘭学者の立場かもしれません。次に、僕の本を読んで業界に革命家が出てきてくれるとうれしいですね。


>>次の記事 【連載第00回 3. ミュージシャンの起こした革命 ソーシャル・ミュージック・メディアの時代へ 】

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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