連載第07回 ナップスター裁判からiTunes、パイレーツベイ裁判からSpotifyへ

2012年7月10日 5:15

ナップスター裁判がiTunesを産んだように、パイレーツベイ裁判がSpotifyを産んだ

 

MOG(モウグ)、というアメリカ発の定額制音楽配信サービスがある。

フリーミアム音楽配信ではないのでSpotifyほど爆発的に成功したわけではない。が、後発ながら、老舗のナップスターやラプソディとは一線を画した素晴らしいユーザビリティーで市場に受け入れられた。

MOGは最近(2012年6月)、Beats by Dre(ビーツ・バイ・ドレー)社に買収された。高級ヘッドフォン・ブランドのBeats by Dre社はその名が示すとおり通り、Hip Hopアーティスト、Dr. Dre(ドクター・ドレー)が率いている。ここ数年、「スマートフォンと高級ヘッドフォン」の組み合わせでいい音を聞く兆しが生まれつつあり、Beats 社の業績はいい。Dreは、この新しい「音質志向」に目をつけた台湾HTC社から240億円(3000万ドル)から増資を受け(※1)、これを資金にMOG を買収した(※2)。

Spotifyの席巻で定額制は淘汰されかねない状態だが、MOGは、「音質志向」の定額制音楽配信に生まれ変わることで、Spotifyとは違った新しいライフ・スタイルを提言しようとしているのかもしれない。
(※1 http://latimesblogs.latimes.com/technology/2011/08/htc-buys-a-majority-share-in-beats-by-dr-dre.html )
(※2 http://www.latimes.com/entertainment/envelope/cotown/la-et-ct-beats-by-dre-to-buy-mog-digital-music-service-20120629,0,851537.story )


実業家の顔を持つHip HopアーティストのDr. Dre
▲実業家の顔を持つHip HopアーティストのDr. Dre。彼が創業した高級ヘッドフォン・ブランドBeats by Dre社はHTC社から増資を受け、これを資金に、定額制音楽配信の雄MOGを買収した。フリーミアム音楽配信のSpotifyと差別化するために、 Dreは、定額制配信を「音質志向」に導こうとしている
出典:http://beatsbydre.com/


このMOGを創ったデヴィッド・ハイマンは、CDDB(※)ほか、いくつもの音楽系スタートアップを成功させてきた腕利きの音楽サービス系起業家だ(※1)。ハイマンは、iMeemの節で紹介したコールドマンの「音楽系ITベンチャーは儲からない」という主張に反論する記事を投稿したのだが、そこで、メジャーレーベルとの交渉の極意をこう述べている(※2)。
(※1 現Gracenote。iTunesストアなどでも使用されている音楽情報のオンラインデータベース。Sony本社が買収)
(※2 http://www.crunchbase.com/person/david-hyman )


「メジャーレーベルにはまともな事業開発部門がありません。これが、ライセンス交渉を難しくさせています。新ビジネスの交渉に対応できるリソースが物理的にほぼゼロなんです。

だからこそ、こちらから、すばらしいアイデアとシステム、そして有効なビジネスモデルを持参する必要があります」

エックのやったことも、「すばらしいアイデアとシステム、そして有効なビジネスモデルを持参」することだった。「音楽でフリーミアムモデル」と口で言うのは簡単だ。だが、iMeemやMySpaceミュージックの例からわかるように、現実にビジネス化するのは至難の業だ。

iMeemのようにはじめにメジャーレーベルを敵に回してしまっては、サスティナブル(維持可能)な料率で契約できず、いくら人数を集めてもサービス消滅の道へ進むしかない。MySpaceミュージックのように、音楽再生プレイヤーとしての基本的な使い勝手が劣っていたならば、ユーザーは「iTunes+違法ロード」という合法・非合法を組み合わせた最強の組合せに帰ってしまう。

対してエックは、音楽のフリーミアムモデルを成立させるために、本質的な根拠を用意した。ダウンロードがCDを不要にしたように、ダウンロードを不要にするP2P型ストリーミングを世界に与えたのだ(技術的特徴をまとめたので必要な方は参照されたい※)。

(※ Spotify社のシニア技術アドヴァイザー、ガンナー・クレイツがQuora.comやプレゼンで語ったことを要約しておく。
「Spotifyが速いのはレイテンシの軽減を最上の目標にして開発してきたからです」
「『緊急のデータ要求はサーバへ、それ以外の要求はP2Pへ』というのが基本となるポリシーです」
「最も難しいのは曲をスキップしたりシャトルした際の、データのプリフェッチングなのですが、カスタムのTCPプロトコルを開発し、これとcwndを活用して解決しています」
http://www.quora.com/How-is-Spotify-so-fast
「Googleではレイテンシが300ms(100が400に)増えると0.2~0.6%も使用率が下がるといわれていますが、Spotifyの平均レイテンシは265ms以下です。プログラミング言語はC++とObjective-C++。オンデマンドストリーミングに最適化した独自のP2Pプロトコルを開発しました。再生形式はOgg 160kbks(96-320)です。」
「P2PのキャッシュがHDの10%にP2P対応の形式で保存されることで、プリフェッチングを実現しています。まず最初のピースをSpotifyのサーバに要求。P2Pネットワークに残りがあればそちらへ誘導。曲が終わりに向かうに連れ、次の曲をプリフェッチングしています」
「cwndは、TCPのネットワーク渋滞を回避するのに活用しています。※ 加算式加算、乗法式減算」
「音楽配信は、映像配信に比べてデータサイズが小さいが、セッション数とアクティブユーザー数ともに多く、カタログも巨大という課題があります。ですからダウンロード戦略よりもピアー・ディスカバリーが重要となっています」
「エンジニアの数は100名以上になります」
http://www.csc.kth.se/~gkreitz/spotify/kreitz-spotify_kth11.pdf )


創業から2年後の2008年8月。Spotifyは遂にスウェーデンでサービスインした。サービスイン直前には、億単位で発生する月々のロイヤリティー(レーベルに払う楽曲使用料)とアクセス数に対応するべく、ヴェンチャーファンド2社(Northzone, Creandum)から出資を受け入れ、スタッフも倍増させた(※)。
(※ http://www.delphi.se/?id=3551 )

エックが技術開発の他にもうひとつ、力を入れていたのはメジャーレーベルとの交渉である。彼はライセンスの獲得交渉にもまるまる2年を費やした。エックはメジャーレーベルの本拠地ニューヨーク、ロンドンと、Spotifyのあるストックホルムを飛行機で往来した。搭乗回数は、フライトアテンダント並だったという。

「あの二年間は、ライセンスを獲得するために、ほとんど機上で生活してましたよ」

とエックはインタビュワーに笑いかけた(※)。レコード産業との長距離恋愛も、ここまでくれば凄いかもしれない。
(※ http://paidcontent.co.uk/article/419-interview-daniel-ek-ceo-spotify/ )

サービスインに当たり、エックはきっと、スウェーデンという国の特性も交渉材料に使っただろう。スウェーデンは小国ながら、社会実験の国として有名だ。社会福祉などで他国から研究されている。加えて、ABBAの時代から音楽輸出国である。

「まずは、スウェーデンで社会実験をしてみましょう」

そういって、エックは、カニバリズム(CDやダウンロード販売との共食い)を恐れるレーベルの幹部たちを説得したに違いない。ちょうどその頃、違法ファイルダウンロードの取締強化をもくろむ法案が欧州の各国で提出され、欧州のネチズンたちは議論の渦に包まれていた。ニュースの渦中には、かつてのナップスターのような象徴的存在があった。

スウェーデンで違法ファイルの検索サイト、パイレーツベイ(thepiratebay.se)が裁判にかけられていたのだ。

パイレーツベイの検索画面と、創業者のピーター・サンデ(Peter Sunde)
▲ファイル共有の検索サイト、パイレーツベイの検索画面と、創業者のピーター・サンデ(Peter Sunde)。違法ダウンロード罰則化の流れと相まって、パイレーツベイ裁判はかつてのNapster裁判のように、欧州でセンセーショナルなニュースとなった
出典:flickr ( Some Rights Reserved by Campus Party Mexico )


といっても、違法ファイルを配布していたわけではない。渦中のパイレーツベイは検索サイトだ。音楽であれ、Officeのようなアプリであれ、欲しいファイルをタダで手に入れたいと思ったなら、まずはパイレーツベイで検索する。検索結果(トラッカー)をトレント(日本のWinnyやShareにあたるファイル共有ソフト)に入力する、というのが欧米の違法ダウンローダーたちの日課だった。

この違法ファイル情報の検索サイトを、「著作権侵害を助長している」として、IFPI(国際レコード産業連盟)が訴えたのだ。違法ファイルの検索には、Googleだってよく使われている。「IFPIの告訴は乱暴では?」という論調が巷間に溢れた。だが、理屈はさておき、パイレーツベイが、その名の通り著しく違法ダウンロード行為を助長しているのは事実だった。

「パイレーツベイが助長した違法音楽のダウンロード数は100億曲にのぼる」

という分析結果が法廷で討論されたほどである(※)。だから、IFPIは自らスウェーデンで、告訴に踏み切った。
(※ http://www.guardian.co.uk/media/pda/2009/apr/28/digital-music-and-audio-spotify )

政治家は既存産業のいうことを聴かねばならない。選挙に勝には、選挙資金がいるからだ。だが同時に政治家は、票を出す市民のいうことも聴かなければ生きていけない。この駆け引きが、民主主義の現在である。だから政治家は、まず既存産業の要請で「既存サービスの保護の強化」を進めることになる。

そして、規制強化に対する市民の批判が強くなれば、今度はこちらを味方につける政治家が出てきて「新しいサービスの育成」が促進されることになる。規制強化のまねく市民の不満が大きくなれば、起業家や新しい政治家にとってチャンスが生まれる。

このチャンスをものにした、誰もが知っているスーパースターがいる。スティーブ・ジョブズだ。

2001年。アメリカ・レコード協会(RIAA)は、ナップスターを裁判にかけ閉鎖させた(※)。このとき同時に、ナップスターは音楽の合法ダウンロードに対応することを社会的に約束させられた。

確かに、レコード産業は、取り締まり強化を司法から勝ち取ることができた。だが、取り締まりだけでは、別のNapterが出てきてイタチごっこをすることは目に見えていた。だから、違法ダウンロードの代替サービスを、レコード産業は用意する必要があったのだ。ジョブズはここを狙って、楽曲のダウンロード販売を世界的に展開するライセンスを、メジャーレーベルから勝ち取ったのである。
(※ http://www.pcworld.com/article/91144/court_orders_napster_to_stay_shut.html )

経営界のロックスター、スティーヴ・ジョブズが交渉にやってきたことで、レーベルのCEO達も舞い上がった、という面もあった。が、ジョブズの成功の前提には、取締強化のかわりに代替サービスを社会的に約束させられたレーベルの合意があった。

ナップスター裁判からiTunesの誕生。これと同じ流れがパイレーツベイ裁判で生まれつつあった。

パイレーツベイ裁判の話題で世間の厳しい声がメジャーレーベルを囲んでいた。このまま、規制強化だけを進めれば、違法ダウンロードと一緒に、音楽の売上自体も減ってしまう。規制強化を勝ち取ったヨーロッパのレコード産業は、人びとに違法サービスの代替を提出する義務を、実質的に負うことになった。

そんな空気の中、足繁くメジャーレーベルに通って、新たな合法サービスを提案している男がいたということだ。いうまでもなく、Spotifyのダニエル・エックである。

そしてメジャーレーベルは、違法サービスを欧州で取り締まる代替案として、Spotifyに欧州進出を許諾した。スウェーデンだけでなく、英国、フランス、フィンランド、ノルウェイ、スペインで、Spotifyがメジャーレーベルの楽曲を配信できるよう、ライセンス契約を更新したのである(※)。
(※ http://www.guardian.co.uk/technologyhttps://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/migrate.musicman-net.com/2009/oct/08/spotify-internet )

 

 

ヨーロッパの音楽市場の中心、イギリスにチャレンジ

 

U2
▲Spotifyのイギリス上陸を飾ったU2。上陸した月に、新アルバムの『No Line On The Horizon』をSpotifyで独占先行配信した(※)。写真はアルバムの裏表紙
出典:Amazon.com
(※ http://www.spotify.com/ukhttps://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/migrate.musicman-net.com/archives/2009/02/22/u2s-new-album-now-available-in-the-uk-and-spain-exclusively-on-spotify/ )


英国を橋頭堡にヨーロッパを制覇するにあたり、エックは初めて外部から増資を受け入れた。スウェーデンのヴェンチャーファンドから1500万ユーロ(約19億円。2008年1月1日 126.62ユーロ/円換算)を調達。スタッフ数を三倍の60人にしてイギリス、ロンドンに本社を移した。

当初は、招待を受けた幸運なイギリス人だけが、Spotifyの大庭園に入ることが出来た。オークションサイトで招待状メールが売買されるほど、Spotifyの前評判は熱を帯びていた。イギリス人がソーシャルミュージックの魅力に夢中になっていたことも、功を奏したのだろう。この頃、英国はLast.fm、iMeem、MySpaceのブームのピークだった。

2009年2月。創業から3年もかけっぱなしだったリミッターを、エックはついに外した。Spotifyは招待制を撤廃。誰でも入れるようになったのだ。あっというまに100万人のユーザーが集まった。

イギリスに本社を移したのは、イギリスが欧州・音楽業界の中心だっただけではない。広告代理店と密に仕事をしてゆくためでもあった。

音楽配信ビジネスでフリーミアムモデルを成り立たせるには、ただのインターネット広告では成り立たない。安い広告単価はインターネット業界では当たり前だが、それではレーベルに払う莫大なロイヤリティーを賄えないからだ。

Spotifyは、オンラインサービスの限界を超えなければならなかった。MTVのようなブランディング型の広告をやっていかなければならない宿命にあった。だから、ブランディングに強い広告ブティックを多数、擁するロンドンで仕事をする必要があった。

音楽メディアとしてハイレベルに機能させるため、ロンドン進出にあたり、エックはコンテンツの人間と、広告営業の人間を確保した。

イギリス進出の担当役員には、パンドララジオの取締役だったポール・ブラウンを引き抜いた。ブラウンは、Pandora Radioの前はメジャーレーベルSony BMGの役員だった人物である。

広告を売る営業部長には、FTSE250(英の日経225にあたる株価指標)にも組み込まれているラジオネットワーク、GCap社から引き抜いたジョン・ミッチェルを置いた(※)。
(※ http://www.guardian.co.uk/media/pda/2009/apr/20/spotify-digital-music-and-audio )

イギリスで組み上げた経営チームと、広告代理店とのパートナーシップは想定通り、ハイレベルに機能した。サービス開始からわずか1年でナイキ、H&M、イケアといった錚々たるスポンサーを確保することに成功した。

「ロンドンでは優秀な広告代理店とパートナーシップを結ぶができました。このやり方で各国に進出する予定です」

ブラウンは英ガーディアン誌の取材に対し、こう答えた(※)。
(※ http://www.guardian.co.uk/media/pda/2009/apr/28/digital-music-and-audio-spotify )

Pandora RadioやLast.fmと同じく、音楽の合間に音声広告とバナーを出す仕組みをSpotifyは取っているが、これが驚異的な広告効果を出している。

「業界の平均以上で、オーディオは1%、バナーは1.6〜2%のクリックレートを持っています(※)」

とエックは語る。ネット全体でのバナーのクリック率は0.09%前後である(※)。Spotifyの広告力は、いきなりネットの平均的な広告力の20倍だった。通常、はじまって間もないメディアは広告力が低く苦戦する。しかも、リーマンショック後で、広告業界、最悪の年だった。その中でここまでセットアップできたのは、おそらくエックのパートナーである共同創業者ローレンヅォンの経営手腕だろう。
(※ http://www.mediapost.com/publications/article/139786/ )


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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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