連載第15回 Spotifyアプリには、地球の音楽メディアの未来が宿っている

2012年8月6日 19:30

Spotify音楽アプリのマネタイズ

 

イギリス上陸時、エックが「Spotifyで音楽産業のエコシステムを再構築する」という志を述べたことを書いた。

エックは、自分たちもその一員となった、Facebookに集ったソーシャルアプリの大群が、Facebook上に豊かなエコシステムを築き上げているのにインスパイアされたのだろう。Spotify音楽アプリのエコシステムをSpotify上に構築することで、Spotifyそのものを音楽のエコシステムにするという、壮大な構想を実行に移してきた。

Spotifyが独自のプラットフォームを発表した頃、Facebookのエコシステムからは、時価総額66億ドル(約5,145億円 77.96ドル/円2011.12.16)をつけて上場する企業があらわれた。ソーシャルゲームのZynga(ジンガ)社だ。ZyngaのビジネスモデルもSpotifyと同じフリーミアムモデルである。まず無料ゲームをフックにして、3億人近い月間アクティヴユーザーを集める。その上で広告売上と、アイテム課金・月額課金などの売上を建ててゆく、というやり方だ(※)。
(※ http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1112/19/news029.html )

さて、始まったばかりのSpotify音楽アプリには、エコシステムと呼ぶには致命的な欠陥があった。サードパーティがSpotifyを通して稼げる仕組みが用意されていなかったのだ。Spotifyの収益は、広告売上とサブスクリプション売上だが、これらがサードパーティに分配される仕組みは不可能だったためだ。

理由は、サードパーティのアプリが創出するコンテンツはあくまでプレイリストであって、じっさいにかかる音楽はサードパーティがかけるものではないことにある。結果、サードパーティはSpotifyの音声コンテンツに広告をつけることもできないし、音声コンテンツを無制限で聞かせるサブスクリプション売上を立てることも不可となる。まあ、当たり前といえば当たり前だ。

マネタイズの方法があるとすれば、たとえばローリングストーン誌のアプリ利用者が、Spotifyから記事を読みにローリングストーンのサイトにジャンプして、そこで間接的に広告売上や電子書籍売上を増やす事ができる、というぐらいだった。

「マネタイズにはチケット販売、物販の促進などをまず考えています」

とSpotifyアプリ・プラットフォームの発表時、Spotifyのコンテンツ部門最高責任者は答えているが、弱すぎると言わざるを得なかった(※1)。だが、これから紹介する、Spotify音楽アプリの『第二波』(※2)が到来すると状況は変化した。
(※1 http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204012004577070591571844050.html )
(※2 http://www.theverge.com/2012/4/18/2957081/spotify-apps-att-mcdonalds-intel-reebok-coca-cola )


 

 

Spotifyのブランド・アプリ

 

第二波は、半年後に来た。公式ブログでSpotifyは、AT&T、リーボック、マクドナルド、そしてインテルのブランド名を冠した音楽アプリを発表した。

「実は『広告』って言葉、嫌いです」

NYで開催されたアド・エイジ社の広告会議にプレゼンターとして登壇したエックは、広告業界人相手にぶちかました(※)。エックは、広告という言葉をブランディングの世界から取り除きたいのです、という。これまでSpotifyを支えてきた音声広告やバナー広告にかわり、エックが企画したのは『ブランド・アプリ』とでも呼ぶべき存在だった。ブランドアプリ構想に込めた思想を、エックは次のように要約した。
(※ http://adage.com/article/digital/coca-cola-spotify-partner-global-deal/234173/ )

「これからの時代のブランド体験は、コンテンツですよ」

Spotifyの音楽アプリは、おもにプレイリストを生成することを用途としている。Spotifyを使えばわかるが、優れたプレイリストは、優れた音楽番組そのものだ。音楽番組がコンテンツならば、プレイリストを生成するSpotify音楽アプリもまた、コンテンツと呼びうる存在である。

秀逸なプレイリストを生成するSpotifyアプリに、ブランドの名前を冠せば、そのブランドアプリを通じて得られる音楽体験は、ブランド体験になりうる。エックのいいたいのは、そういうロジックなのだろう。

ともあれ抽象的な話はここまでにして、リリースされたふたつのブランドアプリを紹介していこう。


LISTENin Powered by MacDonald (リスニン。パワードバイ、マクドナルド)

LISTENin(リスニン)

マクドナルドのアイコンとテーマカラーを冠したアプリ、LISTENin(リスニン)をひらくと、まずFacebookのフレンドリストがスキャンされ、Spotifyを使っている友だちがリストアップされる。そこから、友だちがSpotifyで最近よく聴いている曲をセンスよく並べたプレイリストを生成してくれる。ソーシャルラジオの先駆者、Last. fmの『友だちラジオ』を髣髴させるアプリだ。ソーシャルグラフをうまく使った、プレイリストの自動生成アプリ、と評することもできる。

ジャケ写をタイル状に並べることでプレイリストを視覚化しており、さらにそのジャケットの曲が好きな友達の顔アイコンを、ジャケ写の下に小さくあしらっている。こうしてSpotify版の『友だちラジオ』は、直感的かつ親近感の持てるユーザー体験をもたらしている。

マックで、友だちと気軽に時間をすごしているブランド体験と重ね合わせることを狙って、Spotifyはこのソーシャルグラフ志向のアプリをマクドナルドに提案したのだろう。楽曲の並べ方も、ビルボードの総合チャート寄りに選曲されているようだ。番組として眺めても、マクドナルドの冠番組、あるいは店内BGMらしいカラーが出ている。


Sifter Presented by Intel(R) (シフター。プレゼンテドバイ、インテル(R))

Sifter

インテルのアイコンと、ブランドカラーの濃紺をまとったSifterも、プレイリストを自動生成するアプリだ。ジャケ写がタイル状に並ぶビジュアルは先述のLISTENinと同じく、CDの並んだ棚をイメージしたものだ。LISTENinと異なる点は、プレイリストの生成方法と、Facebookの使い方だ。

まず、プレイリストの自動生成は、Spotifyラジオで使われているEchoNestのレコメンデーション・エンジンを使っているので精緻な選曲がなされる。Spotifyラジオのシード・ソング機能(ある曲を種子にプレイリストを自動生成する機能)も備わっており、気にかかった曲のジャケ写をクリックすると、そのジャケ写が中心に移動し、新たなプレイリストが生成される、という仕組みだ。

中心の大きなジャケ写の下にあるFacebookボタンを押すと、Facebookの友だちリストをスキャンし、友だちがSpotifyで聴いたことのある曲があれば、その曲のジャケ写の下に、顔アイコンが表示される、という仕組みだ。

ソーシャルグラフに比重の強かったLISTENinアプリに比べ、EchoNestのテクノロジー色が色濃く出たアプリで、現代を代表するテクノロジー・ブランド、インテルの名を冠するにふさわしい設計思想になっている。

Spotify音楽アプリをいくつも手がけるデザインスタジオ、Brigade社がSifterのインターフェースを担当した(※)。
(※ http://thisisthebrigade.com/portfolio/ )

 

 

コカコーラとSpotifyでハッカソン

 

 


マクドナルドの名を冠したLISTENinや、インテルの名を冠したSifterの設計思想を眺めていると、「もともとSpotifyラジオのヴァージョンアップ用に考えていた機能だろうな」という気がしてくる。LISTENinはFacebookのソーシャルグラフを活用した『友だちラジオ』で、SifterはSpotifyラジオのユーザーインターフェースをより視覚的にしたもの、といえるからだ。

つまり、Spotifyはアプリのプラットフォームとなることで、社内で検討していた新機能を出すときに、その機能にスポンサーをつけてしまう、というエッジの効いたビジネスモデルを構築した。筆者はそう予想している。

ところでサイトやサービスをリニューアルするとき、コンペを開くことはよくある話だ。コンペを開き、ひろく参加者を募れば、社内では出てこない発想で新機能を投入できるメリットがある。デメリットは参加者を広く募るほどに予算が必要となることだ。

マクドナルドやインテル、リーボックのブランドアプリをリリースした日と前後して、エックはコカコーラとパートナーシップを契約したことを発表した。コカコーラ社は「2020までに売上倍増」という挑戦的な事業計画を立てているが、来年の2013年をキックスタートの年とするために、「音楽の年(Year of Music)」と冠した大規模キャンペーンを企画している。その音楽キャンペーンの一柱として、Spotifyを選定した。Spotifyが、ヨーロッパを中心として、世界でもっとも勢いのある音楽メディアとなったからだ。

Spotify側にも大きなメリットがある。コカコーラ社のFacebookページには4000万人のフォロワーが集っている。この4000万人へ向けて、Spotifyを使った音楽キャンペーンを打つことになれば、Spotifyのブランドイメージも一段レベルアップして、コーラのように普遍的なイメージをまとうことができるようになる。

コカコーラとの協業にあたり、エックはマクドナルドやインテルのケースのように、すぐさまコークの名を冠したアプリをリリースしない戦術を選んだ。かわりに今までにない、最高のSpotify音楽アプリを開発するコンテストを開いた。

いわゆるハッカソンである。

参加者を集めてキャンプを開き、マラソンのようにプログラミングを競って、もっとも優れたプログラムをつくった参加者が優勝する、というイベントだ。自身も腕利きのプログラマであるエックらしい企画といえよう。

優勝作品の発表は、今夏のロンドンオリンピックの最中を予定している(※)。様々な音楽のレコメンデーションエンジンを一通り試している筆者も驚かしてくれるようなブランドアプリの登場を、いち音楽ファンとして切に期待しているところだ。
(※ http://www.theverge.com/2012/4/18/2957281/spotify-coca-cola-global-partnership )

 

 

 

 

Spotifyのアーティスト・アプリ、レーベル・アプリ、Eコマース・アプリ

 

Spotify音楽アプリの第一波は、おもに音楽メディアがサードパーティを務めていた。Spotifyはいまや音楽メディアでもあるので、本質的に競合している部分があったのも、エコシステムが見えてこなかった理由だったろう。おそらく、第一波のリリースラッシュに音楽メディアを集めたのは、Spotifyの致命的な欠点だったレコメンデーション・エンジンの弱さをそれで克服したかったからだ。結果、手に入るビジネス上のメリットは、すでに説明した。

リリース・ラッシュの第二波には、レーベルがサードパーティに多く参加した。Spotifyとレーベルとの契約は、アクセス回数ベースの楽曲使用料支払いと、レベニューシェアの二段構えになっていることは既に紹介した。この契約の意味するのは、自社レーベルのアーティストの曲がたくさんの人に何度も聴かれれば聴かれるほど、レーベルは儲かる、という関係がSpotifyと成り立っているということだ。

つまり、Spotify音楽アプリをリリースして、アプリランキングでランクインすれば、自社レーベルのアーティストと楽曲にSpotifyユーザーをたくさん連れてくることができる。メジャーレーベルをして「iTunesに並ぶ売上がたつようになった」と言わしめたSpotifyでリスナーを集めることができれば、売上に大きく貢献してくれることになる。

レーベル・アプリは、メジャーレーベルのワーナーも出しているが、所属アーティストのカラーを色濃く出している中小規模のレーベルが作ったアプリの方がSpotifyに合うようだ。

たとえばArctic Monkeys、Animal Collective、Frants Ferdinandなどが属するイギリスの老舗レーベル、ドミノ・レコードのアプリは、カタログ自体が独自の色合いを出しているので、知らないバンドのプレイリストでもチェックしたくなる信頼感が出ている。Rihanna、Jay Z、Kanye Westなどが属するデフジャム・レコードもアプリを出した。デフジャムのアプリには、たとえば「1998-2003」と名のついたプレイリストがあるが、これを再生すれば、デフジャムのアーティストたちがヒップホップ・R&Bの現在を築いてきたことを感じさせてくれる音楽番組になる。

Tiesto(ティエスト)
▲トランスのDJとして世界屈指の知名度を誇る、オランダのDJ Tiesto(ティエスト)のSpotifyアーティストアプリ。今後のアーティストアプリのお手本とすべき秀逸な企画でまとまっている

アーティスト・アプリも登場した。だが、Spotifyの基本機能に、アーティスト名をクリックすれば一通りのまとまったアーティストページが出る機能があるので、どのアーティストが出しても意味のあるアプリにはならない。Spotifyアーティスト・アプリの第一波として、ヨーロッパのトランスDJとして著名なDJ Tiesto(ティエスト)、数多くの大物アーティストたちに楽曲を提供したQuincy Jones、ブリットポップを築いたBlurのアプリが出た。

この中でいちばん「アプリ」らしさが出てたのは、DJ Tiesto(ティエスト)のだった。著名DJが毎週、自らキュレートした楽曲のプレイリストを出す、という設計思想で出来ており、SpotifyのアーティストページやSpotifyラジオでは成しえないコンテンツに仕上がっている。

Spotify上で『Tiestoアプリ』を開くと、「今週のシングル」「今月のアルバム」「今月のフェス」といった切り口でTiestoが選曲したプレイリストが並ぶ。これを再生すればTiestoがDJした音楽番組のように楽しめる。音楽誌の連載、あるいはラジオDJの未来形を感じさせるコンテンツになっている。

特にDJ Tiestoアプリの「今月のフェス」というコンテンツからは、将来「Spotifyイビザ・アプリ」「Spotifyコーチェラフェス・アプリ」とか「Spotifyフジロックフェス・アプリ」といったものが出てくることを予感させてくれる。

逆に拍子抜けしたのがBlurアプリだった。個人的にBlurのファンなので、アプリのリリース当日にはしゃいでアプリ・リストに追加したのだが、10分とたたぬうちに、Spotifyの基本機能であるアーティストページとさして変わらないコンテンツであることに気づいて、しょぼんとしてしまった。

 

 

Spotifyアプリ・プラットフォームには、地球の音楽メディアの未来がある。

 

以上、かなりの分量を割いてSpotifyのアプリ・プラットフォームについて語ったが、Spotifyの未来は、このSpotifyアプリのエコシステムが描いていくからだ。地球の音楽メディアの未来図といっても過言ではない。

対iTunes戦略を問われたエックが、「7億枚のプレイリストにこそ、Spotifyの本当の強みがあらわれています」と答えたエピソードを紹介したが、これはエックの本気の発言だ。Spotify音楽アプリは、プレイリストをさらに大量に生産するために取られた戦術であることがその根拠のひとつめ。そしてアメリカ進出後のSpotifyが、ブランドアプリの導入など、プレイリストのマネタイズにエネルギーを集中させていることがふたつめの根拠である。

Spotifyのエコシステムは、Facebookのソーシャルアプリの換金性に比べればまだまだであることは確かだ。Spotifyのエコシステムは、Twitterのそれに近い。つまり、Twitterと同じく時間はかかるだろうが、必ず完成させて来るだろう。

「SpotifyはフリーミアムモデルでiTunesに勝とうとしている」と語れば不正確になる。フリーミアムモデルが実現したプレイリスト共有の世界、そしてそれをさらに進化させたSpotify音楽アプリのエコシステムをもって、Spotifyはアップルに挑戦しようとしている、というのが正解だ。

ソーシャルミュージックは、購入が大前提のiTunesには出来ない。Spotifyは、音楽の共有から始まるソーシャルミュージックをもってアップルに挑んでいることを、数年後、世界は理解することになるだろう。

Spotifyは流行ではない。iTunesの登場にまさる大きな変化が今、おきている。その兆しがSpotifyなのだ。

なお、Spotify音楽アプリは正式には「Spotify App(スポッティファイ・アプ)」と呼ぶ。また、Spotifyが用意している公式なジャンル分けは、「チャート」「ディスカバリー(発見)」「イベント・コンサート」「ゲーム」「歌詞」「レビュー」「ソーシャル(つながり)」の七つとなっている。

7つのジャンルのうち「ディスカバリー」に属するアプリが圧倒的に多い。

ソーシャルミュージックは、感動の共有から始まる。その開始点は、新しいお気に入りに出会ったときの感動(セレンディピティ)である。「ディスカバリー」とセレンディピティは切っても切り離せない関係にある。

だから、「ディスカバリー」のジャンルが盛り上がるのは、エックの狙い通りの状態といえるだろう。

今回は「ディスカバリー」と「ソーシャル」を中心に紹介したが、ほかには、たとえば「イベント・コンサート」のジャンルにはチケット情報のSongKickがアプリを出している。Spotifyでよく聴くバンドやアーティストのコンサート情報を表示してくれる、地味ながら便利なアプリだ。歌詞を楽曲の進行に合わせて表示してくれるTuneWikiも、やはり華々しさは無いが、アプリ総合ランキングでナンバー1の常連となっている。

クールなアイデアをひねればいいというものでもない、ということなのだろう。


>>次の記事 【連載第16回 Spotifyは救世主なのか スウェーデンのレコード産業+30%の急成長】

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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