連載第35回 Pandoraのライバルを研究すると日本のラジオ業界の未来が見えて来る

2013年1月21日 22:00

連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
▲Judee Sill(ジュディ・シル)。Pandoraの創業者ウェスターグレンのお気に入りだ。筆者はミュージックゲノムを通してではなく、ウェスターグレンの紹介で知った(※)。ここにヒントがあるかもしれない
http://www.usatoday.com/story/tech/columnist/talkingyourtech/2012/10/18/pandora-tim-westergren/1639547/
Image : Wikimedia Commons http://en.wikipedia.org/wiki/File:Judee_Sill_in_the_Park.jpg
YouTube : http://www.youtube.com/watch?v=0feFedDW_iQ


 

「突然変異」という課題

 

1962年。DNAの分子構造を発見したジェームズ・ワトソン博士は、ふたりの研究仲間とノーベル生物学・医学賞を受賞した。それからちょうど半世紀後、博士はロングアイランドのタウンホールで、Pandoraの創業者ウェスターグレンと共にいた。

この日、開かれたPandoraのタウン・ミーティングは、いつものそれと異なる様相を呈していた。一同に会したのはPandoraのファンに変わりなかったかも知れない。しかし、彼らは分子生物学者で、ワトソン博士は特別ゲストだった。DNAのプロフェッショナルたちは、音楽のDNA解析を進めるPandoraのミュージックゲノム・プロジェクトについて意見を述べ合った。

「心に刺さったコメントがあったんです」

ウェスターグレンは振り返る。

「ランダムな選曲を混ぜてはどうか、というアイデアでした。突然変異で『進化』を生み出す仕組みを、ミュージックゲノムに組み込めばいい、と(※)」
(※ http:/https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/migrate.musicman-net.com.pandora.com/pandora/archives/2011/10/meeting-dr-watson-co-discoverer-of-dna-and-creator-of-the-human-genome-project.html )

確かにその通りかもしれなかった。

Pandoraは一時期、ある発症に悩まされたことがある。ユーザーが長時間、聴くにつれ、似たような曲ばかりがかかるようになる、という問題だ。このときはアルゴリズムを大幅にチューニングして克服した。

例えば、ユーザーが「嫌い」ボタンを押した曲。二度とかけないようにはしない。別のコンテクストだったら気に入ってもらえるかも知れないからだ。ユーザーの好みを反映しつつ、どのように想像を裏切るか。楽曲レコメンデーション・エンジンの妙はそこにある。

だが、基本的に類似性で音楽を紡ぐシード・ソング(連載第26回)には、苦手なこともある。

たとえば、ジャンルの壁だ。

Pandoraは、楽曲の構造で音楽を分けている。だが、楽曲の構造とジャンルは切って離せない関係にある。シード・ソングで、ロックからヒップホップへ飛ぶことはまずない。

「ヒップホップの歌詞は金と女をはべらす内容ばかりで嫌いだ」と一度、感じたロック・ファンは、青春小説を彷彿させるケンドリック・ラマーのラップをPandoraから知ることはなくなることになる。

実は、Pandoraファンの経歴も長くなると、これを逆手に取った使い方をするようになる。たとえば、EDMが流行ってきて、ラジオでよくかかるようになる。「この手の音楽に、どうも入れないな」と思ったら、逆にPandoraでEDMを聴いて、ひたすら「好き」「嫌い」を押しまくる。すると最初苦手だったEDMにも、好きそうな曲があることがだんだん分かり、いつのまにかDr.ルークのプロデュースワークに夢中になっていたりする。3年前の筆者のことである。

新しいジャンルに目覚めることに加え、ルーツを辿るのも音楽の楽しみだ。いわば時間軸の移動だが、以前のPandoraはこれを苦手としていた。

最近、アルゴリズムの改良がまた進んだ。たとえばジョン・メイヤーをシード・ソングにして楽しんでいたら、スティーヴィー・レイ・ヴォーンがかかり、そこからブルーズに選曲が移動するようになった。他にはマルーン5からスティーヴィー・ワンダーに行き、スライ&ザ・ファミリー・ストーンに行くという具合だ。「影響を受けたアーティスト」などがパラメータに入ったようである。かなり時間を自由に行き来するようになった。

おそらくこの改良は、系統進化や無根系統樹などの概念を取り入れたのだろう。

 

 

楽曲レコメンデーション・エンジン、7種類

 

生物学では小進化と、大進化とがあるという。先の改良は、小進化の方かもしれない。では、楽曲レコメンデーション・エンジンにおける大進化とはどんなものだろうか? まずは楽曲レコメンデーションの系統樹らしきものを並べてみよう。

インターネットラジオが、既存のラジオと一線を画した分水嶺がある。

2005年のLast.fm、2006年のPandoraが登場した時期。大進化は起こった。共に一粒の楽曲から、次々と類似する楽曲を紡いでいくシード・ソングを放送方式としている。時は進み、そこから主に七種の枝へ、楽曲レコメンデーションの樹は別れた。

(1)音楽理論による解析

Pandoraのエンジンのことだ。本章で説明済みだ。主に音楽理論を通して、楽曲自体が持つ情報(DNA)を明らかにすることで、ミュージックグラフ(楽曲の相関関係)を描き上げた。

(2)ログ解析

Last.fmはどうか。ユーザーの聴取ログを解析して、楽曲の相関関係を導き出していった。ログ解析自体は、そこまで珍しいものではない。PandoraやiTunesほか様々なエンジンが援用している。Last.fmがすごかったのは音楽ファン同士のマッチング(Last.fmの章参照)をフックに、iTunes、YouTube、Pandora等々、全ての音楽配信からログを集めたことだ。現在ならSpotifyやShazamもLast.fmにログを提供している。

ログ解析のクォリティは現在でもLast.fmがトップだろう。Last.fmはこれに加え、ユーザーの手によるタギングで楽曲をつなぎ合わせている。ソーシャルブックマークの応用だ。

(3)波形解析

Last.fm、Pandoraに続いて、iTunesにも楽曲レコメンデーション・エンジンが搭載された。2008年にデビューしたGeniusのことだ。iTunesはプレイリストを自動生成したり、購入候補の楽曲をおすすめできるようになった。Geniusは楽曲を波形解析して、テンポやキーなどを把握し、ミュージックグラフを構築した。Pandoraの楽曲解析と同じ方向だ。精度は、ミュージシャンの耳で分析するPandoraには及ばない。が、なかなか優秀だ。

(4)ウェブ解析

音楽ブログや、音楽ポータルの記事をセマンテック解析する手法だ。ひとつの記事の中に出てきた複数のアーティストを関連づけする。楽曲レコメンデーションエンジンの専門会社、Echonest社が採用している。音楽誌をOCRでスキャンすれば、同様のことができるだろう。

iPhoneに音楽を聴かせて、曲名を検索するShazamというアプリがある。Shazamで邦楽をチェックすると、邦楽のお薦めアーティストもセットで検索結果に出してくる。これは、Echonest社のウェブ解析によるおかげだ。

なお、Echonestの楽曲レコメンデーションエンジンは(1)〜(4)を全て使うことで精度を上げようとしている。やはりPandoraの精度には及ばないが、いずれ追いつくかも知れない。

(5)オンエアリスト解析

地上波ラジオのオンエアリストをログ解析して、ミュージックグラフの作成に役立てる手法だ。BBCラジオの音楽部門とLast.fmが協業したときに誕生した。サイマル放送とパーソナライズド放送の融合、iHeartRadioでも、Echonestに情報提供することで実現しているらしい。

(6)ソーシャル放送[非同期型]

ソーシャルグラフなどヒューマンな要素を、うまくレコメンデーションに活かしたサービスも登場している。先のLast.fmはこの先駆けだ。まずマッチング機能で音楽趣味の似たフレンドを見つける。そして、フォローする。すると、その友だちが創ったパーソナル・ステーションを聴けるようになる。フレンド・ラジオと呼ばれる機能だ。これを初めて搭載した。

現在、Pandoraにもフレンド・ラジオの機能は備わっている。趣味が合う音楽評論家の文章から、新しい音楽を発見していくような効果がある。趣味志向は個人を反映しつつも、楽曲レコメンデーション・エンジンの併用で、選曲は素人離れするからだ。Last.fmについては第3章(Last.fmの章)で掘り下げる。

(7)ソーシャル放送[同期型]

厳密には楽曲レコメンデーションエンジンではない。エンジンに頼らず、リアルタイムに、ユーザーたちが選曲したものが放送される仕組みだ。地上波放送のDJと似ているが、異なるのは、誰でもDJの席に座ることができることだ。2011年に登場したTurntable.fmが、このアイデアにあった欠点(選曲クォリティ)を、「競争」の概念を取り入れることで克服し、実用レベルに高めてみせた。

Turntable.fmでは、BBSにおけるスレッド作成のように、まずテーマを自由に決めたハコをつくる。ハコには5人が座れるDJブースがあり、そこでDJプレイを競い合うのだ。フロアに集まったオーディエンスからイイネ!を集めるとアヴァターが進化する。人気DJにはフォロワーが付き、常時混み合っているハコも出てくる。これらが合わさって放送になっている、という仕組みだ。Turntable.fmについては第3章(Turntable.fmの章)で掘り下げる。

以上が、楽曲レコメンデーション・エンジンの類型だ。

Pandoraのミュージックゲノムに勝るものはまだ出てきてない。だが部分的には、Pandoraに勝るサービスも出てきている。次は、Pandoraのライバルたちが持つアドバンテージを見ていこう。

 

 

地上波とパーソナライズドの融合、iHeartRadio

 

連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
▲Pandoraのライバル、iHeartRadio。Emeli Sandeをシードにパーソナルステーションを立ち上げた画面。ラジオ局の特性を活かし、番組収録時に撮ったインタビュー動画や、ライブ情報などもチェックできる

「はたしてPandoraに敵うサービスは創れるのか」

本連載をここまで読みつづけて下さった読者の中には、このことを真剣に悩んでいる方もいらっしゃるだろう。筆者もそのひとりかもしれない。7年、考え続けて来た。

可能性は、ある。

まずは、アメリカで唯一、Pandoraの人気を追ってシェアを伸ばしているiHeartRadioを追ってみよう。

a. 850局のサイマル放送

iHeartRadioをかんたんに説明すると、RadikoとPandoraの融合だ。ただしRadikoで聴けるのは首都圏で12局。対して、iHeartRadioは、ClearChannel傘下の850局を全国で聴ける。

たとえばNYのPower105.1を聴いていて、Emeli Sandeがかかったとする。気分に合っていたら、オンエアリストにあるEmeli Sandeの名をクリックする。そうすると、Emeli Sandeをシードに、Pandoraのようなパーソナル・ステーションが始まる、という仕組みだ。

iHeartRadioが面白いのは、ここから地上波ラジオにしかできない機能を追加してくるところだ。

b. 番組出演コンテンツ

再生中にアーティスト情報が出るのはPandoraもやっている。iHeartの場合、これに番組収録時に撮ったインタビュー動画や、最新の活動情報が表示される。

c. ソーシャル機能

Pandoraはストイックなまでに、文字によるユーザー・コミュニケーションを扱わない。一方、iHeartは、再生中の曲にリスナーがFacebookのコメントを残せるようになっている。同じ曲にコメントを残している人にフォロー申請すれば、新たな出会いも発生するだろう。インタレストグラフ(趣味で繋がる人間関係)の入口を創っているわけだ。

d. 地上波ラジオ局のレコメンド

Emeli Sandeをシードにパーソナル・ステーションを開始した場合、Emeli Sandeを直近でかけた放送局を850局から検索してくれる。なお、この機能は閉鎖中だ。おそらく「Emeli Sandeが好きならこの局のこの番組が好きでしょう」という形に変わるだろう。

e. 楽曲レコメンデーション・エンジン

肝心の楽曲レコメンデーション・エンジンであるが、iHeartRadioは、Echonest社のものを使っている。Echonest社の楽曲レコメンデーション・エンジンを採用している音楽アプリは380にのぼる。Spotify、MTV online、BBC、VEVO、MOG、Shazam、foursquare。挙げれば切りが無い。Echonestの選曲を間接的に利用しているユーザー数は1億人を越える(MAU ※)。
(※ http://the.echonest.com/showcase/)

PandoraがAPIを提供していない以上、Ehconest一択が現状だ。Echonestは国際展開へ向け増資したが、邦楽はまだほとんど解析してないようだ。

 

 

地上波と融合したiHeartRadioが持つ「Pandoraにない魅力」

 

連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
▲PandoraとiHeartRadioの認知率、利用率。アメリカ人女性の約2000人が調査対象だ。iHeartRadioがPandoraを急追しているのが分かる
(※ http://www.burnsradio.com/images/stories/pdfs/HSC2012/here%20she%20comes%202012%20-%20radios%20digital%20battle.pdf )


Echonestを採用した場合のデメリットは、選曲の精度で他社競合と差がつかない点だ。だが、数多 あるEchonestカスタマーの中でも、パーソナライズド放送のエリアでPandoraに急追しているサービスがふたつある。第1章で紹介したSpotify Radio(Spotifyのラジオ機能)と、このiHeartRadioだ。
(※ http://www.slashgear.com/iheartradio-surpasses-20-million-users-sees-over-135-million-downloads-20257809/ )

iHeartRadioの人気を見ていると、興味深い点が浮かび上がってくる。

(1) 認知に強い

iHeartRadioが登場したのは2011年の後半。わずか1年少しで、ユーザー数は2,000万人(MAU※)に達した。Pandoraの3分の1に相当する数だ。放送とインターネット双方を使ったブランド告知が効いたのだろう。Pandoraの普及で、既にインターネット放送がキャズム超えしていたことも追い風となった。

(2) 女性に強い

女性ユーザーがPandoraを聴く時間は、全ラジオの平均と比べて5%ほど低い。いっぽう、iHeartRadioにはそうした傾向は見られないようだ(※)。
(※ http://www.allaccess.com/net-news/archive/story/108219/burns-study-pandora-having-minimal-impact-on-femal )

(3) イベント連動など、ラジオならではの展開

2012年の9月。iHeartRadioが主催する音楽フェスが、ロスで開催された。会場となったMGMグランドガーデンアリーナのキャパは約2万人。チケットは販売開始からわずか10分で売り切れた。メンツを見れば理解できる。

グリーン・デイ、エアロスミス、ボン・ジョヴィ、ピンク、リンキン・パーク、メアリー・ブライジ、アッシャー、テイラー・スウィフト、リアーナ、リル・ウェイン等々。オープニングには当時、社会現象を起こしていたPSYがサプライズで登壇した(※)。
(※ http://festival.iheart.com/go/iheartradio-music-festival/index.html )

フェスはiHeartRadioでライブ中継されただけでなく、Yahoo!やXBoxでも動画で生中継された。イベント連動は、放送網ならではの展開だ。なお、親会社ClearChannelのトップには、かつてMTVの創業を率いて伝説を創ったボブ・ピットマンが立っている。

 

 

地上波ラジオとパーソナライズド放送の共存

 

「ClearChannelのような既存ラジオが、Pandoraのようなことをやったら本業を喰うのではないのか?」

こういぶかった読者もいらっしゃるだろう。

確かにPandoraは、全ラジオ放送の7%を占めるまでになった。これは15%程度まで上がるだろう(連載第24回)。これを持って「カニバリズムが発生している」と捉えることもある。

だが、アメリカのラジオ広告市場を見ていると、2009年を底に上昇へ転じている(※)。日本やイギリスと異なる現象だ。ちょうど、Pandoraが興隆し始めた頃だ。
(※ http://www.rab.com/public/pr/yearly.cfm
http://www.dentsu.co.jp/books/ad_cost/2011/index.html)


ここから予想できるのは、「Pandoraを聴いているリスナーは、地上波ラジオもこれまで通り聴いているのではないか?」ということだ。Pandoraを聴いた分のメディア消費が、これまでのラジオに加算されていれば、理論的にはラジオ広告売上は上がることがあっても下がることはない。「インターネット放送がラジオのシェアを削った」のではなく、「インターネットに削られた分を、インターネット放送が補填した」ということになる。

実際、そうらしい。

Vision Critical社の調査によると、Pandoraを聴かない層は、地上波ラジオをは平均12.7時間/週、聴いている。一方、Pandoraユーザーは、平均19.1時間/週も地上波ラジオを聴いていた。50%以上の開きだ(※)。
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(※ http://www.kurthanson.com/news/survey-indicates-pandora-listening-not-taking-away-time-amfm )

これはPandoraを使っていればすぐに理解できる。Pandoraを毎日使っていると音楽熱が高まる。すると既存ラジオも改めて聴きたくなってくるのだ。音楽ファンを創る、と同時に、音楽放送のファンが出来上がる、ということなのだと思う。

地上波ラジオとパーソナライズド放送の共存。

その申し子とも言えるiHeartRadioの利用形態にも、それは顕われている。下図を見てもらいたい。

連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた

iHeartRadioの女性利用者を対象に調査した結果だ。Radikoのような、主だった地上波ラジオ局の同時放送が最も人気がある。次に人気があるのが、音楽専門の地上波ラジオの同時放送(音楽専門チャンネルを指す)。パーソナライズド放送機能を一番使っている層は、20%程度だ(※)。
(※ http://www.burnsradio.com/images/stories/pdfs/HSC2012/here%20she%20comes%202012%20-%20radios%20digital%20battle.pdf pp.19)

男性はパーソナライズド放送をもう少し好む。

それを考慮すると男女合わせて、総合ラジオ5割、音楽専門ラジオ25%、パーソナライズド・ラジオ25%ぐらいと推測している。IP化推進後、ラジオ業界はどうなるか。筆者なりに将来図を予想してきたが、この比率が近いかも知れない。

「我々は850局を傘下に収めています。iHeartのパーソナライズド放送も、数あるチャンネルのひとつにすぎません」

クリアチャンネルの関係者はそう答えている(※)。地上波、パーソナライズド放送の両方をやっているからこそ見せられる強みだ。
(※ http://www.nytimes.com/2012/06/11/business/media/radio-royalty-deal-offers-hope-for-industrywide-pact.html?_r=1& )

「例えばRadikoが、iHeartのようなハイブリッドラジオをやればいいのでは?」

そう閃いた読者もいらっしゃることだろう。

1 Echonest等の楽曲レコメンデーション・エンジンを利用する
2 レコード会社に資本参加いただき、レベニューシェア重視の楽曲使用料を設定していただく

以上をクリア出来れば、運転資金はSpotifyやPandoraに比べ、かなり下げることができる。実現度は高くなるだろう。

電車が普及した日本はラジオに向いてないと言われていたが、PandoraやiHeartのターゲットは成長著しいスマートフォンの方だ。ラジオ業界にとってのブルーオーシャンとなる可能性もある(連載第24回)。

 

 

様々なライバルの見せるアドバンテージ

 

Pandoraが真似できそうにない強みを持ったライバル局は他にもある。新サービスを構想する参考として、ここに列記しておこう。

(1) Last.fm
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http://last.fm
連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
▲2005〜2006年毎のLast.fm(赤)とPandora(緑)のアクティヴユーザー数。当時はLast.fmの方が人気があった(※)
(※ http://avc.blogs.com/a_vc/2006/11/pandora_vs_last.html )


Last.fmは、Pandoraとほぼ同時期に登場し、同じくシードソングとパーソナライズド放送の概念を実現した。初期はPandoraよりもむしろLast.fmの方が人気があった。Last.fmの人気の秘訣は、Pandoraに匹敵する選曲のクオリティだけでなかった。

a. ユーザーのマッチング

Last.fmは、MySpaceに先だってSNS機能を備えていた。そして、音楽趣味の似たユーザーを『友だち候補』として表示した。相互フォローすると、メッセージを送ることができる。友だちの趣味を反映したフレンドラジオを聴くこともできた。そう、FacebookやTwitterのお手本となるべき機能を初めて実装したのはlast.fmだったのだ。

Last.fmのマッチング機能で友だちになり、いっしょにライブに行き、結婚したカップルは少なくない。後年、このマッチングを踏襲して、初期のFacebookアプリ・ランキングの王座に君臨したソーシャルアプリがある。iLikeだ(連載第4回3ページ目)。

音楽によって人を結びつけるマッチングは、起爆力と健全性を兼ねた貴重なコンセプトだ。今後も様々なサービスが踏襲してゆくことになるだろう。

b. ハイプチャート

Last.fmがメジャーレーベルに認められたきっかけが、このハイプチャート(注目ランキング)だ。インディーズ時代のArctic Monkeysがロンドンのライブシーンで耳目を集めた。それで、ロンドン地域のLast.fmユーザー間でArctic Monkeysのリスニング回数が急上昇。Last.fmのハイプチャートで1位を取った。それを見た地上波ラジオがオンエアし、それを聴いたEMIのA&Rが彼らをメジャーデビューさせた。

Pandoraもやろうと思えば、ハイプチャートをやることができる。地域ごとに「イイネ!」の数が急に伸びた曲をリストすればすぐできるからだ。それをやらないのは、ウェスターグレンの「純粋に音楽的な要素でレコメンドすることに徹することで、全ての曲に等しくチャンスを与えたい」という理想と矛盾するところがあるからだろう。ラジオのオンエアが、Pandoraの選曲アルゴリズムに露骨な影響を与えかねないからだ。

逆にいえば、そうした部分をしっかりチューニングして投入すれば、素晴らしい機能となるだろう。

Last.fmはCBSの買収以降、一気に調子を崩した。創業時の経営チームが去って改良が止まったのが最大の要因だ。エスタブリッシュメントがヴェンチャーを買収する場合、ヴェンチャー経営陣の独立性を保つことが鉄則だ。CBSはその基本を忘れ、イノヴェーションのジレンマをヴェンチャーの中に持ち込んでしまった(Last.fmの章参照)。

(2) Turntable.fm
連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
http://turntable.fm

ネット上のソーシャルインフルエンスでは、一時期、最強だったのが、ソーシャルDJ放送のturntable.fmだ。音楽放送にオンラインゲームの要素を取り込んで、熱を持たせた(Turntable.fmの章参照)。

しかし、リアルタイムのサービス(同期サービス)であることが祟ったのか、ユーザーが「ソーシャル疲れ」を起こしてしまった。MMORPGがソーシャルゲームに負けた理由と同じだ。turntable.fmを非同期に改良したようなサービスが成功すれば、ソーシャルインフルエンスにおいてはPandoraやSpotifyに勝ることは不可能でないだろう。

連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
▲図ソーシャルメディアの調査を専門とするシンプリー・ミージュアド社が2011年7月のある週にサンプリングしたスポッティファイ(紫)、パンドラ(青)、ターンテーブル(赤)のツイート数
(※ http://jp.techcrunch.com/archives/20110728music-tweets-spotify-turntable-fm/ )


(3) Spotify Radio (Spotifyのラジオ機能)
連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
http://spotify.com

Spotifyの章(連載第13回)で取り上げたので説明は省く。アメリカ限定、無料で使える。当初Pandora王国のアメリカで通用するのか疑問視する声もあったが、現在、かなり調子がよいことが関係者の取材からわかっている。選曲の精度はPandoraに劣るが、聴き放題のSpotifyと統合された操作感の勝利だろう。

(4) Tunein
連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
http://tunein.com/

Yahoo!は、主立ったウェブサイトをディレクトリに整理することから始まった。これをインターネットラジオの世界で始めたのが、Tuneinだ。集めたインターネットラジオのURLは、7万局分。ポッドキャストも2万、集めた。

Tuneinは初期、ポータルサイトだった。この頃はパっとしなかったが、スマートフォン時代が来て一変した。「世界中のラジオが聴けるアプリ」は一躍、世界で人気となった。日本の放送局なら、NHKラジオや文化放送、ニッポン放送などが聴ける。

2012年8月。1,600万ドル(約14億4千万円。90円/ドル)の出資をVCから得た。その時点での月間リスナー数は4000万人(MAU)。前年比+267%だ(※)。
(※ http://pandodaily.com/2012/08/06/tunein-raises-16m-hits-40m-monthly-users-ears-with-streaming-radio/ )

Tuneinの欠点は、ビジネスモデルが無いことだ。放送コンテンツは各放送局のものだから、Tuneinが勝手に広告を差し挟むことができない。

だが、もし、TuneinがEchonestのAPIを使ったらどうなるか。再生中の曲をシード・ソングにして、パーソナライズド放送に切り替えられるようになる。そうすれば、iHeartRadioのようなサービスができてしまう。その放送にTuneinが広告を付けることは、可能だろう。

(5) VEVO
連載第35回 Pandoraを研究したら音楽放送の未来が見えてきた
http://www.vevo.com/

かつてラジオを音楽メディアの王座から追いやったのは、MTVだった。「Pandoraを追いやるものがあらわれるとしたら、動画を使った何かだろう」と想像するのは自然かもしれない。

だがPandoraは、YouTubeの持つ欠点を克服して頂点に立った(連載第34回)。『音楽ビデオの動画共有』ぐらいのコンセプトでは、Pandoraには勝てまい。

VEVOは、まさに『音楽ビデオの動画共有』として登場した。

人気は高い。月間ユニーク訪問者数は、世界で5,160万人(※1)。売上も悪くない。2012年の売上は2億8千万ドル(約252億円※2)。広告に加え、音楽ビデオのシンジゲーション(供給)をやっているからだ。YouTubeやyahoo!、Facebookに出ている音楽ビデオの大半は、このVEVOが供給している。Universal Music、Sony Music、EMIのジョイント・ヴェンチャーだ(連載第21回)。YouTubeにもコンテンツを供給するかわりに、システム面でのサポートをGoogleから得た。
(※1 http://searchenginewatch.com/article/2237257/YouTube-Investment-in-VEVO-Would-Strengthen-its-Top-Position-in-Online-Video-Rankings )
(※2 http://thenextweb.com/google/2013/01/17/youtube-tipped-to-purchase-minority-stake-in-vevo/ )


Pandoraに対抗するため、VEVOはEchonestを採用している。

視聴者の好みに合わせて自動的に音楽ビデオを紡いでいけば、『パーソナライズド放送のMTV』が創れる、という算段だ。だが、これが上手くいかない。音楽ビデオになっている楽曲というものは、もともとかなり少ない。そうすると音楽的に優れた形で、楽曲を繋ぐのがむずかしくなるのだ。

新しい音楽テレビとは何か?

7年前。この答えを見つけるために、筆者のPandora研究は始まった。音楽テレビの未来形については、章末(最終回)でもういちど触れることとしよう。


>>次の記事 【佐久間正英氏 × 榎本幹朗氏 特別対談 第二弾 【前編】】

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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