第132回 福岡 風太 氏 「春一番」プロデューサー / 舞台監督

福岡 風太 氏
「春一番」プロデューサー / 舞台監督
第132回 福岡 風太 氏 「春一番」プロデューサー / 舞台監督
 今回の「Musicman's RELAY」は遠藤ミチロウさんからのご紹介で、「春一番」プロデューサー / 舞台監督の福岡風太さんのご登場です。大学在学中に映画「ウッドストック」に影響を受け、野外コンサートを制作開始。71年からは阿部登氏らとともに「春一番」コンサートを開始し、イベント・プロデューサーの草分けとなった福岡さん。また、センチメンタル・シティ・ロマンスのマネージメントを手掛けられ、東京へ移られてからはフリーの舞台監督として忌野清志郎、中村あゆみ、ペギー葉山、ジョニー吉長、金子マリ、近藤房之助、有山じゅんじ、上田正樹など数多くのアーティストのステージをサポートされてきました。95年には「春一番」を復活させ、現在も現場の第一線で活躍し続ける福岡さんにお話を伺いました。
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也)
プロフィール
福岡 風太(ふくおか・ふうた)
「春一番」プロデューサー / 舞台監督

1948年4月24日生まれ。大阪府箕面市出身。大学在学中に観た映画『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』に影響を受け、1971年に「春一番」コンサートを阿部登らとともにスタート。その後フリーの舞台監督として忌野清志郎、中村あゆみ、ペギー葉山、ジョニー吉長、金子マリなど数多くのアーティストのステージをサポート。2006年からハンバート ハンバートのマネージメントも手がけるなど幅広く活躍。

1. 遠藤ミチロウは「春一番」から絶対に外せない人


−− 前回ご出演いただきました遠藤ミチロウさんとはどのようなご関係なんでしょうか?

福岡:彼は「春一番」というコンサートのレギュラーですよ。絶対に外せない人です(笑)。「春一番」というのは「反戦・反核・反差別」を三本柱に1971年からやっているんですが、70年代はものすごい差別があったじゃないですか。女性だったら仕事とか結婚とか、男にしたって在日さんなんか学校も上がれないし、就職もままならないし、だから仕方ないから水商売行くか、芸能とかスポーツ行くか、みたいなね。

−− 今も色々な差別が根強く残っていますよね。

福岡:そうですね。でも、最近の若い奴らは「差別」ということに対する意識が変わっていっているんだなと「春一番」を通じて感じたりしますね。言い過ぎかもしれないけど。自分が「春一番」というコンサートを続けてきて、演者さんとの会話の中で色々感じることってあるわけじゃないですか。だから「春一番」って面白いんですよ、私にとって。ものすごい肥やしだと思う。

−− そこで欠かせないのがミチロウさん。

福岡:ミチロウさんは思いっきり「反戦・反核・反差別」ですよ。パフォーマンス抜群じゃないですか。「ウォー!」って叫ぶだけで無茶苦茶格好いい(笑)。「その声、どこから出るの!?」って思いますもの。誰もマネできないし、あんなボーカル見たことないですよ。

−− 普通にお話されているときは、物静かな方ですけどね。

福岡:うん。滅茶苦茶優しい人です。

−− ミチロウさんは「春一番」には何年から出演されているんでしょうか?

福岡:多分96年からかな。95年に16年ぶりに「春一番」が大阪城野外音楽堂で復活して、96年から服部緑地野外音楽堂に移して、それから20年経つんですよ。「春一番」は私の相方、阿部登とずっと二人で作ってきました。彼が亡くなるまでね。私が東京に住んでいるときは東京で色々ライブを観に行って「あいつがいい」「こいつがいい」と目を付けて、お互いネタを持ち寄るわけですよ。阿部ちゃんは阿部ちゃんで、大阪で色々観ていてね。そういう阿部登との関係は大事でしたね。

−− 阿部さんが亡くなったのはいつ頃ですか?

福岡:2010年ですね。阿部は還暦になる前に亡くなりました。還暦記念コンサートを準備していたんだけどね。ただ、追悼だ、何だ、もう気にしないようになりましたね。追悼だって言い出したら、たくさんいるわけだから(笑)、「春一番」では追悼はナシにしたんですよ。

−− ずっと追悼をやることになってしまいますものね。

福岡:そう。「明日は我が身」でもいいんだけど、自分より若い奴らがどんどん逝ってしまうから(笑)。「なにしとんの、お前ら!」みたいな気持ちもあるんですよ。俺なんか普通の人の100人分くらい酒を呑んできたのに(笑)。

−− そんなに呑まれるんですか(笑)。

福岡:呑みますね。おときさん(加藤登紀子)のツアーにしても、誰のツアーにしても、若く元気な頃は朝まで呑んでいてもバリバリできる体力があったもの。無茶苦茶でしたよ。しょうもない話だけど、PA隊の2人と京都の新京極商店街の裏は寺ばっかりなんだけど、寺の看板をガンガン掛け替えたり、アホばっかりやっていた(笑)。監視カメラがない時代だったからラッキーですよ。今は絶対無理ですよ(笑)。

−− (笑)。とにかく「春一番」があるかぎりはミチロウさんとの関係は続くであろうと。

福岡:そうですね。彼みたいなボーカルはおらんから。