第143回 伊東 宏晃 氏 エイベックス・マネジメント株式会社 代表取締役社長

伊東 宏晃
エイベックス・マネジメント株式会社 代表取締役社長
伊東 宏晃 エイベックス・マネジメント株式会社 代表取締役社長
 今回の「Musicman's RELAY」は与田春生さんからのご紹介で、エイベックス・マネジメント株式会社 代表取締役社長 伊東宏晃さんのご登場です。厳格なお父様のもとで育った伊東さんは、中学1年でエレキギターを購入し、東京へ転校後はバンド活動にのめり込みます。一般企業からクリエイティブマックスへ転職後、trfやhitomiの仕事を経て、ある日突然、小室哲哉さんのマネージャーに就任。アメリカ移住も含め約2年、小室さんとともに併走されます。帰国後、エイベックスの作家マネジメント創設の指揮を執り、エイベックスのクリエイティブの根幹を構築。レーベル事業を経て現在はマネジメント部門を統括される伊東さんに、ご自身のキャリアから小室さんとの思い出、そしてマネジメントを含むエンタテインメントという仕事の魅力までお話を伺いました。
2017年1月30日 掲載
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦)
プロフィール
伊東 宏晃(いとう・ひろあき)
エイベックス・マネジメント株式会社 代表取締役社長

昭和40(1965)年9月2日生
平成06 (1994) 年01月 (株)クリエイティブマックス入社
平成07(1995)年08月 (株)ホワイト・アトラス(現:エイベックス・プランニング&デベロップメント(株))入社
平成11(1999)年07月 (株)アクシヴ(現:エイベックス・プランニング&デベロップメント(株))取締役 マネジメント事業部長
平成16(2004)年09月 エイベックス(株)(現:エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社)取締役
平成17(2005)年04月 エイベックス・エンタテインメント(株)取締役 tearbridge production部長
平成18(2006)年06月 エイベックス(株)(現:エイベックス・グループ・ホールディングス(株))取締役退任
平成22(2010)年04月 エイベックス・エンタテインメント(株)執行役員 音楽事業本部 tearbridge production部長
平成22(2010)年05月 エイベックス・マネジメント(株)執行役員 クリエイティヴ本部長
平成23(2011)年12月 同社 執行役員 第6カンパニー カンパニー長
平成24(2012)年05月 同社 執行役員 伊東カンパニー カンパニー長
平成25(2013)年10月 エイベックス・マネジメント(株)代表取締役社長(現任)

1. 長男としか話さない厳格な父親


−− まず、前回ご紹介いただいた与田春生さんとは、どのようなご関係なのでしょうか?

伊東:与田さんのお名前は昔から存じ上げていましたし、素晴らしい実績の数々も知っていましたが、仕事でご一緒させていただいたことは一度もなくて、今回弊社のBeverly(ビバリー)というアーティストで初めて一緒にお仕事をさせて頂いています。

私は社内の政策発表会で「2020年までに必ずグラミーを獲るアーティストを創る!」と宣言したんですが、それを知ったグループ内のスタッフが「僕も一緒に目指したいです、彼女の歌を聴いてください」と教えてくれたのがBeverlyで、歌を聴いて即「契約したい」と思いました。で、そのBeverlyを紹介してくれたのが与田さんで「与田さんって、あの与田さん?」みたいな話になったんですよね。で、与田さんとお会いした瞬間「この人なら一緒にやれる」みたいな感覚になったんです。

音楽業界やエンタメ業界には色々な人がいますが、「本気で音楽を世界へ創り伝えようとしているか?」というところがすごく大事だと思っているんですね。与田さんは会った瞬間に音楽に対する情熱を強く感じたんです。それで、Beverlyに会いに一緒にフィリピンへ行きまして、どういう方向性で音楽を創ろうかと話したときも、見ている方向が一緒だったので、音創りに関して与田さんに全権を委ねようと思いました。

−− Beverlyさんは昨年のa-nationで初お披露目だったんですよね。評判はどうでしたか?

伊東:a-nationの味の素スタジアムは既に人気のあるアーティストがメインなので、その合間に新人が歌えるコーナーがあるんですが、その時間になると当然ですが興味がないのでみんなトイレに立っちゃったり、椅子で休んだりするんですね。

−− ブレイクタイムになってしまう。

伊東:そうです。しかも今回はすごく雨が降っていて、状況的に最悪だったんですが、土砂降りの中で彼女が出てきて、声を出した瞬間にみんな動きが止まって、ステージに釘付けになったんですよ。それで歌い終わった瞬間にもの凄い拍手が起こりました。それは新人に対しての反応ではなくて、一瞬で興味を引き寄せちゃった彼女の凄さを感じました。でも、もっと嬉しかったのは、そこで初めて見た弊社のスタッフが「伊東さん、Beverly素晴らしい」って何人も言ってきてくれたことですね。本来はお客様に対してのプレゼンの場だったんですが、グループ社員に対してもアーティストの素晴らしい才能を共有できた事は本当に良かったですね。

−− 与田さんの取材時にBeverlyさんご本人にお会いしたんですが、とても小柄で、あんな凄い声を出す子には思えなかったです。

伊東:彼女は歌うと一瞬にしてスイッチが入るんですよね。本当に歌うためだけに生まれてきたような子です。とにかく歌を歌うことが大好きで、他に欲しいものは何もないし、歌ってないと死んじゃうんじゃないか? くらいの子なんです。

−− 今後のご活躍が本当に楽しみですね。ここからは伊東さんご自身の事をお伺いしたいのですが、お生まれはどちらですか?

伊東:福岡の小郡市で生まれました。小郡は久留米の隣の、田んぼしかないような田舎町だったんですが、今は住宅街というか、博多に通勤するベッドタウンになっています。

−− お父様は何のお仕事をされていたんですか?

伊東:父親は製薬会社に勤めていました。小郡の隣が佐賀県の鳥栖という所で、そこに本社があったんですが、昭和一桁生まれの厳格な人で、父に対して家族、親戚全てが未だに敬語です(笑)。

−− 未だに、ですか?

伊東:はい。いわゆる星一徹みたいな父親なんですよ。実際に怒ってお膳をひっくり返していましたしね(笑)。古いしきたりですとか、躾といったものにうるさかったです。私たちの世代で昭和一桁の父親ってたくさんいると思うんですが、その中でも異質だと思います。例えば、父は授業参観や運動会といった学校行事には一切参加しませんでした。私が部活をやっていても応援に来ないですし、そもそも何部に入っているかも知らなかったです。

−− お子さんに感心がなかった?

伊東:私は五人兄妹の真ん中で上に兄と姉がいるのですが、父親は一子相伝というか兄としか話さないんです。下には妹と弟がいるんですが、食卓を囲んでも兄以外とは基本喋りません。兄は「お前は伊東家の跡継ぎ」と言われ続け、勉強や生活態度など全部チェックされるんですが、残りの4人は関係なしです。「お前等が何しようが俺は知らんばい」と。

−− お父様はお兄さんの学校には行くんですか?

伊東:それも行かないです(笑)。行かないけれど、チェックはするんです。だから、兄は福岡でも進学校へ行って、早稲田に行って、上場企業へ。他の4人がどこの学校、会社に入ろうと全く興味ない。

−− 逆にのびのびやれたんじゃないですか?

伊東:外ではのびのびですね。家の中は星一徹ですから(笑)。いつ鉄拳が飛んでくるかわからない緊張状態で、早く家を出たい、早く独立したいという思いが強かったです。