第145回 谷口 和弘 氏 株式会社エンジン 代表取締役

谷口 和弘
株式会社エンジン 代表取締役
谷口 和弘 氏 株式会社エンジン 代表取締役
 今回の「Musicman's RELAY」はユニバーサルミュージック 藤倉 尚さんからのご紹介で、株式会社エンジン 代表取締役 谷口和弘さんにお話を伺います。「音楽業界で働く」という志を胸に上京し、OORONG-SHAでマニピュレーターとしてのキャリアをスタートさせた谷口さん。その後、マネージメントの資質を見抜かれ、Mr.Childrenのマネージャーに転身。またMr.Childrenの仕事と並行して、ナオト・インティライミをデビューから今日までサポートし、現在は株式会社エンジンの代表としてご活躍中です。そんな谷口さんにご自身のキャリアから、Mr.Childrenやナオト・インティライミ、そして株式会社エンジンの今後までじっくりお話を伺いました。
2017年4月4日 掲載
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦)
プロフィール
谷口 和弘(たにぐち・かずひろ)
株式会社エンジン 代表取締役

1976年12月10日 三重県生まれ
1997年 株式会社 OORONG-SHA 入社
1999年 Mr.Children マネージャー
2014年 株式会社エンジン 設立

1. サッカーに打ち込んだ少年時代


−− 前回ご登場頂いたユニバーサルミュージック 藤倉尚さんと出会われるきっかけは何だったんでしょうか?

谷口:ナオト・インティライミというアーティストを自分がやることになったときに、当時は着うたブームで、そういったものにユニバーサルさんがすごく強いというイメージを自分が持っていたので「ユニバーサルさんとお仕事したい」と思っていたんです。それで、ユニバーサルさんに繋がる方がいたので、当時の社長の小池一彦さんをご紹介いただきました。

そして、小池社長にお会いしたんですが、小池社長が「このアーティスト(ナオト・インティライミ)にうってつけの男がいるから、ちょっと会ってみたら?」ということで、小池さんのほうから藤倉さんをご紹介いただいて、赤坂BLITZでナオトがライブをやるときに藤倉さんをお誘いしたらお忙しい中、来て下さって、ナオトのライブの力みたいなものを感じていただけたみたいで、お名刺の裏に「是非一緒にやりましょう」みたいなことを書き置きしてくださったんです。そこから色々話しあいながら、ナオトのプロジェクトを一緒に進めていきました。

−− それは何年くらいのことですか?

谷口:2009年くらいだったと思います。

−− そのときはもうナオトさんのマネージャーをされていたんですか?

谷口:そうですね。このエンジンという会社を立ち上げる前はOORONG-SHAでMr.Childrenとナオトの担当マネージャーをやっていました。でも、まだデビューも決まらない、これからどうしていこうかという時期にまずは藤倉さんにご相談しました。

−− 今も関係は続いていらっしゃるんですよね。

谷口:今もすごくお世話になっています。当時は確か執行役員だったのが、いつの間にか専務、副社長になって社長と、すごい勢いで階段を駆け上がられて。ナオトを押してくれている方が社長になられたので、非常に嬉しく思いました。

−− ここからは谷口さんご自身についてお伺いしたいのですが、1976年12月生まれと…本当にお若いですよね。40歳になったばかりですか。

谷口:はい、そうです。

−− 今までこのインタビューにご登場いただいた方の中で、マネージメントサイドとしてはもしかしたら最年少かもしれません。

谷口:すいません(笑)。

−− いえいえ!(笑)凄いなと思いまして。ご出身は三重県と伺っております。

谷口:生まれは大阪だったんですが、小学校のときに両親が三重県に移り住んだんです。

−− 三重のどちらですか?

谷口:三重の名張という奈良県との県境です。本当になにもないところですね。山と川しかない、本当に田舎です。

−− 三重というと伊勢神宮と、鈴鹿サーキットと。

谷口:四日市とか、あっちのほうは色々あるんですけど、こっちの奈良寄りのほうは全然何もないんですよ。

−− 山の中ですか?

谷口:いや、新興住宅地と言いますか、三重といっても大阪まで電車で1時間くらいで行けるようなところだったんです。なので、大阪から移り住んできた家族がたくさん住んでいる住宅団地みたいなところでした。田舎といっても家はたくさんある、けど、その他には何もないようなところで育ちましたね。

−− どのようなご家庭だったんですか?

谷口:姉一人と両親との4人家族で、父親もサラリーマンでごく平凡な家庭でしたね。音楽とも全く無縁の家庭だったと思います。

−− 現在のお仕事との接点は見出しにくいですか?

谷口:そうですね。ずっと小さいときからサッカーをやっていたので音楽は全然でしたね。

−− さほど興味も無かった?

谷口:いや、興味があったといえばあったんですよね。サッカーの試合には学校の先生が車で連れて行ってくれるんですよ。そこで先生が聴いていたのがBOφWYで「カッコイイ!」と思って、小学校の4、5年生くらいからBOφWYが大好きになって、で、BOφWYをずっと聴いていたのを覚えていますね。あと、小学校のときはチェッカーズですね。好きでよく聴いていましたね。