Musicman's RELAY

※役職・肩書きは取材当時のものです。

  • 第105回 金森 清志 氏
    株式会社スペースシャワーネットワーク 代表取締役会長
     今回の「Musicman's RELAY」はテレビディレクター/ 演出家砂田実さんからのご紹介で、株式会社スペースシャワーネットワーク代表取締役会長金森清志さんのご登場です。早稲田大学を卒業後、渡辺音楽出版へ入社。マーケティングや著作権の業務、カフェの開店、ラジオ番組制作、映像プロデュースなど様々な業務を担当、また、当時始まったばかりのプロモーション・ビデオの制作や、日本初のハイビジョン・ライブ映像も制作されました。その後、スペースシャワーTVの立ち上げに参加され、以降はスペースシャワーTVの成長とともに、編成制作部長、取締役、代表取締役社長を歴任。現在は、代表取締役会長に就任されています。そんな金森さんに幼少時代からスペースシャワー設立時、現在の音楽業界にいたるまで、様々なお話をお伺いしました。
  • 第104回 砂田 実 氏
    テレビディレクター/演出家
     今回の「Musicman's RELAY」は音楽プロデューサー 木崎賢治さんからのご紹介で、テレビディレクター / 演出家 砂田実さんのご登場です。慶應義塾大学を卒業後、TBSへ入社。テレビ黎明期より音楽番組を中心に数々の番組を手がけ、「日本レコード大賞」、「歌謡曲ベストテン」の総合プロデューサーも務められました。また、番組制作の傍ら、植木等、桜井センリらが出演したCMを手がけ、ACC金賞も受賞。さらに、ザ・ピーナッツ、森山良子、五木ひろし等のコンサート制作と幅広く活躍。その後、渡辺プロダクション 常務取締役を経て、現在はフリーで番組制作やイベントの演出制作を手がけられています。日本の高度成長期から現在まで、エンタテイメント業界の真っ直中を駆け抜けてきた正に生き証人、砂田さんの波瀾万丈な半生を伺いました。
  • 第103回 木崎 賢治 氏
    音楽プロデューサー/ブリッジ代表
     今回の「Musicman's RELAY」はFM802 栗花落光さんからのご紹介で、音楽プロデューサー/ブリッジ代表 木崎賢治さんのご登場です。学生時代から音楽や作曲に熱中されていた木崎さんは、大学卒業後に渡辺音楽出版へ入社。すでに大スターだった沢田研二や、当時、新人だったアグネス・チャン、山下久美子、大沢誉志幸、吉川晃司など数多くのアーティストをプロデュースされ、ヒット曲を量産。退社後も、槇原敬之やTRICERATOPS、そしてBUMP OF CHICKENなどの作品で手腕を発揮されている木崎さんに、幼少の頃の話から音楽プロデューサーとしての試行錯誤の日々、そして今後の音楽業界についてたっぷりお話を伺いました。
  • 第102回 栗花落 光 氏
    株式会社FM802 代表取締役専務
     今回の「Musicman's RELAY」は北川直樹さんからのご紹介で、FM802 代表取締役専務 栗花落 光さんのご登場です。大学卒業後、入社されたラジオ大阪にて激動の時代を放送記者としてご活躍され、その後、制作部に移られてからは、多くの音楽番組やイベントを手掛けられました。’89年開局のFM802では、時流に流されない独自の選曲と「ヘビーローテーション」を駆使し、FM802をきっかけとするヒット曲を連発。FM802を音楽業界、放送業界、そしてリスナーから常に注目されるミュージックステーションに育てられた栗花落さんに、ラジオマンとしてのキャリアや、FM802独自のこだわり、そして今後のラジオ業界についてまでじっくりお話を伺いました。
  • 第101回 北川 直樹 氏
    株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 代表取締役 コーポレイト・エグゼクティブCEO/一般社団法人 日本レコード協会 会長
     今回の「Musicman's RELAY」は高久光雄さんからのご紹介で、ソニー・ミュージックエンタテインメント 代表取締役 コーポレイト・エグゼクティブCEO 北川直樹さんのご登場です。大学在学中から当時のCBS・ソニーでアルバイトをされ、そこでの働きが認められ同社に入社されてからは、制作を中心に洋楽・邦楽でご活躍。途中、関連会社で映画の宣伝に携われるなど、幅広い経験を積まれました。その後、ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ、そしてソニー・ミュージックグループのリーダーとして、有能なスタッフを統率し、多くのヒット曲を送り出し続けていらっしゃいます。また現在は日本レコード協会 会長としても尽力されている北川さんに、ご自身のキャリア、そして想像を絶するほどの北川さんの「音楽愛」「レコード愛」についてたっぷり伺いました。
  • 第100回 高久 光雄 氏
    株式会社ドリーミュージック・ 取締役相談役
     2000年からスタートした「Musicman's RELAY」がついに100回を迎えました。そして、記念すべき100回目の今回、満を持してご出演していただくのは、斉藤正明さんからのご紹介で、ドリーミュージック取締役相談役 高久光雄さんです。日本コロムビアやCBSソニーでは洋楽・邦楽を股にかけて花形ディレクターとして活躍。日本人の琴線に触れる洋楽を発掘しヒット曲を生み出し、また、ミシェル・ポルナレフや矢沢永吉、南佳孝など数々のアーティストをヒットに導きました。その後、経営者としてもキティの立て直しやユニバーサル インターナショナルの設立、ドリーミュージックの躍進にもその力を発揮されました。とにかく幅広い経験をお持ちの高久さんにご自身のキャリアのお話から、音楽業界の今後、また若い音楽業界人に対するアドバイスまでじっくり伺いました。
  • 第99回 斉藤 正明 氏
    ビクターエンタテインメント株式会社 代表取締役社長
     大学卒業後、東芝音楽工業(現EMIミュージック・ジャパン)に入社された斉藤さんは、管理部門、社長秘書、経営企画、そして関連会社出向とレコード会社としては異色のキャリアを積み、その後、洋楽部門での数々の実績を評価され、弱冠49才で社長に就任。宇多田ヒカルのビッグセールスと続く椎名林檎、矢井田瞳などのヒットにより、見事に邦楽も立て直されます。現在は、これまでの豊富なご経験を総動員し、ビクターエンタテインメントの改革に邁進されている斉藤さんに、ご自身のキャリアやビクターの改革、そして音楽業界の今後についてお話を伺いました。
  • 第98回 案納 俊昭 氏
    株式会社スペースシャワーネットワーク 常務執行役員 ミュージック&パブリッシング事業部門長
     1983年に同志社大学を卒業し、1989年に同大学の軽音楽部OBだった中井猛さん(スペースシャワーネットワーク相談役)、同じく大学の先輩にあたる近藤正司さん(スペースシャワーネットワーク取締役)らと共に現スペースシャワーネットワーク設立に参加しました。その後、セップが設立され常務、社長を歴任。その間にハイラインレコード社長に就任し、日本のインディーズシーンを牽引しました。そして、スペースシャワーネットワーク取締役やブルース・インターアクションズ社長など、重役に次々と抜擢され、2011年10月には、スペースシャワーネットワーク常務執行役員に就任されます。今回のインタビューでは、スペースシャワーの設立秘話からグループ再編の裏事情、今後の展望などを伺いました。
  • 第97回 高橋 健太郎 氏
    音楽評論家/音楽制作者
     高橋さんは、「YOUNG GUITAR」「Player」などの音楽誌で大学在学中にライターデビュー。30代にさしかかる頃には「朝日新聞」やマガジンハウス関連の一般紙にもレギュラーを持つほどの人気ライターになりました。その後もライター業を続けつつ、音楽プロデューサー、レコーディングエンジニアとしても活動するようになり、インディーズレーベル「MEMORY LAB」を設立。さらに、音楽配信サイト「ototoy」(旧レコミュニ)の創設にも加わりました。現在も各方面でご活躍されている高橋さん。原子力オタク?だったという少年時代から現在に至るまでお話を伺いました。
  • 第96回 ピーター・バラカン 氏
    ブロードキャスター
     モーガンさんと同じく、60年代ロンドンで刺激的な青春時代を過ごしたピーターさん。大学では日本語を学び、音楽関係の仕事を求め、偶然目にしたシンコーミュージックの求人で'74年に来日しました。同社を退社後は、執筆活動、ラジオ番組への出演などを開始。また、YMOの海外コ−ディネ−ションも担当されました。そして、84年には「ザ・ポッパ−ズMTV」の司会でテレビへ活動の幅を広げ、88年には「CBSドキュメント」の司会に大抜擢。現在も「ブロ−ドキャスタ−」として多岐にわたり活躍されているピーターさんの、幼少時代から現在に至るまでお話を伺いました。
  • 第95回 モーガン・フィッシャー 氏
    サウンドペインター/ライトペインター
     16歳で始めたアマチュアバンド「ラブ・アフェアー」でデビュー。リリースしたシングルが全英No.1を獲得し、18歳の若さでトップアーティストに。その後はデビット・ボウイがプロデュースしたモット・ザ・フープルの全米ツアーに参加し、前座として同行していたのがなんとクイーン!クイーンのデビュー以前より親交のあったモーガンさんはクイーンの欧州ツアーにも参加しています。’85年からは日本に移り住み、THE BOOM、喜納昌吉、細野晴臣など多くの日本人アーティストと共演。さらに環境音楽のアルバムからCM音楽、アート系ビデオ、映画音楽と幅広く国内外で活躍されています。今回のインタビューでは、ビートルズなど伝説のアーティストが生まれた60年代ロンドンでの青春時代や、トップアーティストとして世界を回った日々、日本に移り住むまでの紆余曲折など40年以上に及ぶ音楽人生について語っていただきました。
  • 第94回 山田 勝也 氏
    株式会社愛印 代表取締役/プロデューサー
     アメリカへ音楽留学し、帰国後CM音楽制作会社サーティースに入社。日本コカ・コーラ「爽健美茶」CMでマライア・キャリーと、日産「ステージア」CMではメイシー・グレイとのコラボレーションを実現するなどCM音楽プロデューサーとして様々な作品を手がけられ、2008年に株式会社愛印を設立されました。愛印設立後は大手企業のCMを中心にCM音楽を制作する一方、アーティストの楽曲プロデュース、映画、DVD、企業Webの音楽プロデュースなど多岐にわたりご活躍されています。今回のインタビューでは CMの制作秘話からCM音楽プロデューサーの仕事についても伺いました。
  • 第93回 テイ・トウワ 氏
    DJ/アーティスト
     デザイナーを目指し留学したニューヨークで、ディー・ライト(Deee-Lite)へ参加。’90年に米エレクトラ・レコードよりシングル「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」でデビューすると、いきなり全米4位の大ヒットを記録、各国でゴールド・ディスクを獲得。’94年にアルバム『Future Listening!』でソロ・デビュー以後、活動の拠点を日本に移してからは、オリジナル・アルバム、リミックス・アルバムなど自身の作品を次々とリリースし、同時にDJとして国内外のクラブ、企業イベント、ビッグ・フェスへ出演。さらに楽曲プロデュース、映画音楽制作、CM楽曲制作などのほか、コラボレーション・アイテムのブランディングなど活動は多岐に渡ります。今回のインタビューでは、幼少時代からディーライト時代、そしてソロへ転向してから現在に至るまでお話を伺いました。
  • 第92回 タイクーングラフィックス 宮師 雄一 氏、鈴木 直之 氏
    タイクーングラフィックス アートディレクター/グラフィックデザイナー
     デザイナーとしてそれぞれ別々の事務所で活動されていたお二人は、同時期に事務所を辞めニューヨークへ。帰国後にタイクーングラフィックスを設立し、アートディレクションを務めた雑誌『i-D JAPAN』における独創的なデザインが音楽業界から注目を集め、これまでにSPEED、矢沢永吉、globe、安室奈美恵、JUDY AND MARY、TOWA TEI、布袋寅泰、今井美樹、PUFFY、BUMP OF CHICKEN、嵐、中島美嘉など、多くのアーティストの作品を手がけられてきました。音楽以外にも、表参道ヒルズのロゴデザインを手がけるなど、ファッション、建築、映像と様々な分野で活躍されており、「ニューヨークADC」金賞、グッドデザイン賞、毎日デザイン賞なども数多くの賞を受賞されています。今回のインタビューでは、デザインのお話はもちろんのこと、お二人の幼少時代から現在に至るまでお話を伺いました。
  • 第91回 稲葉 貢一 氏
    株式会社トイズファクトリー 代表取締役社長 兼 A&Rチーフクリエイティブディレクター
     バップ入社後、LAUGHIN' NOSEを皮切りにJUN SKY WALKER(S)、筋肉少女帯などを発掘しバンドブームを牽引。バップの社内レーベルであった「トイズファクトリー」を独立させた後は Mr.ChildrenやSPEED、ゆずなど数多くのアーティストを発掘、スターダムに押し上げ、インディーズのスピリットを持つレコードメーカーとしてトイズファクトリーを築き上げられました。アーティストの発掘からマネージメント、制作や宣伝、コンセプト作りに至るまで、一貫してアーティストと共に走り続けてきた稲葉さんにお話を伺いました。
  • 第90回 新田 和長 氏
    株式会社ドリーミュージック 取締役 エグゼクティブプロデューサー / 元日本レコード協会副会長
     早稲田大学在学中に「ザ・リガニーズ」を結成し東芝音楽工業(現EMIミュージック・ジャパン)よりレコードデビュー。ビートルズのディレクターであった高島弘之さんに誘われ、同大学卒業後に東芝音楽工業へ入社し、69年以降はオフコース、赤い鳥、RCサクセション、トワ・エ・モワ、加藤和彦、北山修、はじだのりひこなどを手がけ、チューリップ、甲斐バンド、長渕剛、寺尾聡、稲垣潤一、加山雄三など、プロデューサーとして大ヒット作品を次々と世に送り出しました。84年にEMIより独立し、ファンハウスを設立。ここでも多くのヒット作を手がけ、98年にはBMGジャパン取締役・RCAアリオラジャパン社長、99年にはBMGファンハウス代表取締役副社長・ファンハウス社長を歴任し、2001年にドリーミュージックを設立。現在もプロデューサーとして平原綾香などを手がけ第一線でご活躍されている新田さんの波瀾万丈な半生を伺いました。
  • 第89回 都倉 俊一 氏
    作曲家/編曲家/プロデューサー/JASRAC会長
     小学校、高等学校時代を過ごしたドイツで音楽教育を受けた後、独学で作曲法を学び、学習院大学大学在学中に中山千夏の『あなたの心に』で作曲家デビュー。70年代にはピンクレディーや山口百恵の他、 1,000曲以上のヒット曲を世におくり出し、「日本レコード大賞作曲賞」「日本歌謡大賞」「東京音楽祭最優秀作曲賞」「日本セールス大賞作曲賞、編曲賞」「日本レコード大賞」など、日本の主要な音楽賞のほとんどを受賞した。80年代からは活動の拠点を海外に移し、映画音楽、舞台音楽も手がけるなど、多忙な毎日を送る中、2010年8月にはJASRACの会長にも就任されました。今回のインタビューでは、ドイツでの生活から70年代の名曲たちの誕生秘話、ミュージカルを手がけたきっかけや、JASRAC会長就任の意気込みなどを語っていただきました。
  • 第88回 村井 邦彦 氏
    株式会社ヴィラス ミュージック 代表取締役会長/作曲家
     慶應義塾大学在学中に名門バンドサークル「ライト・ミュージック・ソサエティ」に所属し、大学3年のときにはレコード店を経営。その後ヴィッキーの『待ちくたびれた日曜日』の作曲を担当し、同楽曲がチャートインしたことがきっかけで作曲家へ。以降「翼をください」などの名曲を世に送り出しました。その後、名曲「マイウェイ」の権利を買い付け若干24歳にして音楽出版会社アルファミュージックを設立し、ビッグアーティストを抱える海外レーベルの権利を次々と取得。72年にスタジオAを設立した後、荒井由実の「ひこうき雲」を手がけアルファレコードを設立。さらにYMOでは国内だけでなくA&Mレコードから全米デビュー、翌年には世界ツアーを成功させました。現在もTVドラマ音楽など作曲家としてご活躍される村井さんの今日に至るまでの様々なお話をお伺いしました。
  • 第87回 松任谷 正隆 氏
    音楽プロデューサー/モータージャーナリスト
     14歳のころからバンド活動を始め、早くも20歳からプロのスタジオプレイヤーとして活動を開始し、バンド“キャラメル・ママ”“ティン・パン・アレイ”に参加。その後アレンジャー、プロデューサーとして松任谷由実をはじめ、吉田拓郎、松田聖子、ゆず、いきものがかりなど多くのアーティストの作品に携わられました。また、音楽学校「マイカミュージックラボラトリー」を1986年に開校し、現在は東京工科大学客員教授として、後進の育成にも力を入れている松任谷さん。今回のインタビューでは、意外な少年時代から松任谷由実さんとの出会い、さらに現在の音楽業界に至るまでお話を伺いました。
  • 第86回 秋元 康 氏
    作詞家
     今回の「Musicman's RELAY」はつんく♂さんからのご紹介で、作詞家の秋元康さんのご登場です。高校時代から放送作家として活躍し、『ザ・ベストテン』など数々の番組構成を手がけてきた秋元さん。83年以降は作詞家として、美空ひばりの「川の流れのように」をはじめ数多くのヒット曲を生み出しました。また、アイドルグループ“AKB48”“SKE48”“SDN48”の総合プロデューサーとしても多忙な毎日をおくる中、京都造形芸術大学副学長も務め、さらにTV番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』などの企画構成、新聞・雑誌の連載など、多岐にわたりご活躍されています。今回のインタビューでは、「川の流れのように」の誕生秘話からヒットを作り出す方法、さらに現在の音楽業界に至るまでお話を伺いました。