SPECIAL REPORT & INTERVIEW

「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た新時代音楽ビジネスの可能性
ニューミドルマン座談会 弁護士 齋藤貴弘氏 × 「Festival Junkie」津田昌太朗氏 × バグ・コーポレーション 山口哲一氏
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ニューミドルマン座談会 弁護士 齋藤貴弘氏 × Charlotte inc. 津田昌太朗氏 × バグ・コーポレーション 山口哲一氏
左から:齋藤貴弘氏、津田昌太朗氏、山口哲一氏
弁護士 ニューポート法律事務所 / 第二東京弁護士会所属
齋藤 貴弘
「Festival Junkie」「Festival Life」
津田 昌太朗
株式会社バグ・コーポレーション代表取締役
山口 哲一

 IT、デジタル化の波は、音楽、エンターテイメントにも訪れている。新しい時代に対応した人材を育成することを目指しスタートしたニューミドルマン養成講座が第5期を迎えることを記念し、対談を行いました。風営法改正の民間運動において弁護士として活躍した齋藤さん、世界の音楽情報を集約したサイト「Festival Junkie」、日本の音楽フェス情報サイト「Festival Life」を運営する津田さんは、今、変革期の音楽ビジネス、エンターテインメント・ビジネスを「拡張」する注目の人物です。2人は、ニューミドルマン養成講座の受講歴を持つOBでもある2人を迎え、テクノロジーやSNSがもたらす、音楽の楽しみ方の変化、音楽ビジネスや社会の変化を語っていただきました。

2016年9月6日掲載

弁護士、広告業界、、、他業種から音楽、エンターテインメント・ビジネスに関わった理由と動機とは?

山口:今日はお忙しいところありがとうございます。デジタル時代の人材育成をテーマにした「ニューミドルマン・ラボ」を初めて1年半経ちました。今日は、ニューミドルマン養成講座の第1期を受講している二人に、その後の活躍状況を伺いたいと思っています。
ニューミドルマン・ラボには、イケメンも来るんだよということをアピールしようかなと(笑)、お二人にお願いしました。 まずは、自己紹介からお願いできますか?

齋藤:若いころは、高校卒で大学行かずにバンドやってました。その後、改めて大学に入って、司法試験を受験し、28歳で司法試験合格。当時の平均合格年齢でした。弁護士になってまる10年になります。最初は勤務弁護士として、企業法務やって、ボスについて回って離婚、相続などの個人案件からM&Aを含む様々な企業案件など、あらゆることをやっていました。

山口:今年から施行された風営法改正の運動では、齋藤君の貢献は大きかったと聞いていますが、エンターテイメントの分野に入っていったのは何がきっかけだったの?

齋藤:エンタメとの関わりは、伊藤穰一さん周辺のクリエイティブコモンズなどに関わったのがきっかけです。クリエイティブコモンズがテーマとする著作権は主にコンテンツのデジタル領域での流通で問題になってきますが、同じコンテンツでもクラブやライブエンターテイメントの分野にかかわる風営法扱っている人がおらず、当時の取り締まり強化の流れの中で関わるようになりました。

津田:僕は新卒で広告代理店に入って、マーケティングの仕事をしていて、このまま会社員として働き続けるのかなと思っていたんですけれど、2013年にイギリスのグラストンベリー・フェスティバルに行ったことがきっかけで、帰国した日に会社に辞表を出して、ロンドンに移住しました。

山口:思い切りがいいね(笑)。何のあてもなくやめたの?

津田:今考えると特になかったですね。僕はあまり感動しない性格で、田舎から東京に出てきた時と初めてフジロックに行った時の、10代での2イベントが衝撃的な体験だったんですが、歳もとってきたし、もうあそこまで感動することはないだろうと思ってたんですよ。ところが、グラストンベリーにいったらまた衝撃を味わってしまった。だから何かせずにはいられなかったんです。

元々、音楽業界で働いてみたいというのはあったんですが、アルバイトしていたレコード屋の尊敬する先輩方から「今音楽業界はやめておけ」ってアドバイスをされて、広告代理店に就職したんですね。その頃、Festival Lifeという日本の音楽フェスを紹介するサイトを仲間と運営していて、働きながら編集長をやっていました。そんな感じで平日は会社員をして、週末はフェスみたい暮らしをしていたときにグラストンベリーに行く機会があって、そのまま会社を辞めました。そのグラストンベリーでの経験が衝撃すぎてもっと海外のフェス文化を知りたいと思い、貯めた貯金を全部つぎ込んでイギリスを拠点に世界中回りはじめたんです。00年代後半から日本のフェスシーンも安定期に入っていたと思うのですが、会社を辞めたタイミングあたりでEDMフェスシーンも大きな動きがありそうな予感がしていて、フェスがさらに一般化すると思ったんです。そこで音楽業界に切り込むなら、フェス、さらに海外フェスという切り口はアリだなと。

山口:なるほど。学生時代に先輩たちのアドバイスを聞いたのは正解だったね(笑)。その後は?

津田:10代のことから日本全国のフェスを行きまくったことでフジロックの凄さみたいなものを理解できたという経験があったので、グラストンベリーに関しても同じで、他の色んな海外フェスを観て回れば、あの衝撃の謎が解けるかなと思って。そのうち変なことをしている日本人がいるってなったみたいで、海外や日本のメディアから仕事の依頼とか来るようになって、なんとか食いつなぐみたいな。でも僕がヨーロッパにいた頃、拠点にしていたイギリスのポンドが本当に高くって。

山口:その頃は、本当にポンド高かったよね。ユーロ離脱の国民投票がでたことで今は半額くらいになったけれど。

津田:そうなんですよ。1ポンド180円超えの頃は苦しかったですね。ちょうどそんな時に、日本からEDMフェス関連の仕事の依頼が来たり、フジロックオフィシャルショップの岩盤が、「富士祭電子瓦版」という新しいメディアを立ち上げるということになって、「何か一緒にできないか」と連絡をもらったり、他にも日本人アーティストの海外進出みたいな仕事が立て続けに入ったこともあって、再度東京にベースに置きつつ、日本と海外を転々とするような暮らしをするようになりました。海外のフェスを紹介する「Festival Junkie」と日本のフェスを紹介する「Festival Life」の運営をベースに、今ちょうど動いている仕事だと、Red Bullさんの音楽関連の仕事や富士フィルムさんのフェス/アウトドアシーン進出の支援をしたりと、自分の興味がある商品やサービスと音楽回りのカルチャーを繋ぐような仕事が多いですね。