優れたマネージメントがアーティストを世界へ導く
【13th TIMM】ビジネスセミナー「Keynote Conversation ~ 今後の日本アーティストの海外展開」丸山茂雄氏×Kaz Utsunomiya氏

日本の音楽を海外へ持って行くことの困難さに直面

【13th TIMM】ビジネスセミナー 丸山茂雄氏×Kaz Utsunomiya 氏 【13th TIMM】ビジネスセミナー 丸山茂雄氏×Kaz Utsunomiya 氏

話はアーティストが自国から海外へ進出することの困難さ、その苦闘の歴史について、それぞれの経験からエピソードが語られる。

丸山:それぞれホームの国があって、新しいところに行こうとするのは、そんなに容易いことではないんですね。EPICの中で私は最初、邦楽をやっていたんですが、ある時期に洋楽も管轄になりました。CBSはニューヨークやロスが中心の音、EPICは基本的にイギリスの音が中心、言い換えるとテリトリーとしてアメリカ以外の音は全部EPICだという風に思っていただければいいんですが、もう少しバラエティを増やすために「ヨーロッパ各国で1位のアーティストを日本で紹介してみたらどうだろう?」と思ったんです。それで、そのちょっと前に、フリオ・イグレシアスが日本ですごく売れたので、もう一人フランスのアーティストを紹介しようと、洋楽の連中と何人かでフランスに行きました。

それであるアーティストに会いに、パリの郊外まで行って「是非あなたを日本で紹介したい」と言ったら、キッパリ断られたんですよね。それはなぜかというと「自分はパリの真ん中に住んでいるフランス人ではない。パリの郊外に住んでいる、豊かではないフランス人の不平不満を曲にして歌っているわけで、それを日本人と共有できるとはとても思えない」とすごく真っ当なことを言われちゃったんですよ。日本からわざわざ来てくれたことに関しては感謝するけども、自分はそういうスタンスで歌っているので、たぶんこれから先も、せいぜい足を伸ばしたとしても、カナダのフランス語圏で歌うくらいであって、それ以外のところに行く気はまったくないと。

そこで私は、工業製品のように日本に整合した音楽やアーティストを海外に持っていくのは違うんじゃないか? と考え始めて、でも、やっぱり海外に日本のミュージシャンを連れて行きたいという気もあり、何をやったかというと、日本で売れていないミュージシャンを、売れる前からロンドンに留学させようと、Kazに預け始めました。

Kaz:そこには「やはり現地で生活していないとダメなんじゃないか?」という考えがあって、女優になる前の鈴木杏樹さんとか、歌手を目指して、ロンドンに住まわせました。彼女は少し英語がしゃべれたので、うちに来ていたピート・ウォーターマンという名プロデューサーのところにお世話になって、KAKKOというアーティスト名でレコードを1、2枚出したんですよね。結局うまくはいかなかったんですけどね。

丸山:その後、Kazはアメリカに移っちゃったので、ロンドンの方は自分たちでやらなくてはいけなくなり、大竹という若者をロンドンに駐在させて、今度は彼のもとに若者を送り込みました。当時送り込んだ若者の中で今でもロンドンで活躍しているのがギタリストの鈴木賢司ですね。あと、屋敷豪太とか次から次へとミュージシャンやエンジニアも送り込みました。当時、レコード会社は滅茶苦茶儲かっている時期でしたから、今から思うと夢のようなことを次々できたんですよね。それでもなかなか花は開かず、音楽を海外へ持って行くことの難しさについて、80年代~90年代にかけて我々はずっと悩み続けたわけです。

Kaz:実際いろいろやってみたんですけどね。あんまり成果を出せなかったものもあるし・・・。

丸山:音楽として大成功したYMOを先に見ちゃったのが、私の勘違いの最大の理由で、アニメだったら、そんなに感情移入しなかったと思うんだけどね。でもYMOが行けたんだからと思っちゃって・・・だからYMOには責任を取ってもらいたいよね(会場笑)。時代のパラダイムが変わった瞬間に彼らの傑出した才能が飛び出して、世界中から評価された光景を見たのでね。それで完全に勘違いしまして、ずいぶん無駄とは思わないですけど、お金を使っちゃったなあ(笑)。それで、今度は音楽単体ではなく、映像を使っていくということを始めました。